VOL.196 SEPTEMBER 2024
JAPAN’S ENJOYABLE PUBLIC AQUARIUMS
[私が伝えたい日本(日本人インフルエンサー)]今井町・知覧麓で日本の古い街並みを楽しむ
大阪観光大学教授で、庭園史や文化遺産保全が専門の小野健吉さん。今月号では、小野さんに日本各地の趣ある町並みのうち今井町と知覧麓について語ってもらった。
日本各地には、古い町並みが数多くのこっています。門前町*・宿場町・商家町など各々の性格や成り立ちによって、その姿は大きく異なります。ここでは、寺内町・在郷町の今井町、武家町の知覧麓を紹介します。
奈良県橿原市にある今井町は、東西600m、南北310mほどの大きさの町です。ここでは、称念寺本堂や今西家住宅など9件の建物が重要文化財に指定されています。さらに、町の中にある約760戸の建物のうち三分の二ほどが歴史的風致**に大きく寄与する伝統的建造物です。現在につながる今井町の歴史は、戦国時代の16世紀前半に建てられた浄土真宗称念寺を中心として信徒が居住した区域の周囲を濠と土塁で囲った武装宗教都市(寺内町)に始まります。17世紀以降の江戸時代には、農村地域における商工業の中心地である在郷町として栄え、金融業が盛んだったこともあって17世紀の後期には人口4,000人、家数1,000戸を数え、「大和***の金は今井に七分」と言われるほどの最盛期を迎えます。その後やや衰退の兆しを見せますが、住民の自治により火事を予防するなど、町は連綿と維持されてきました。いま、今井町では無電柱化****や道路の土色舗装も進められ、古い日本の町にタイムスリップしたかのような散策が楽しめます。17世紀の建物である称念寺本堂や今西家住宅(要予約)のほか、無料公開の旧米谷家住宅や今も酒造業を営む河合家住宅などにはぜひ立ち寄っていただきたいと思います。
鹿児島県南九州市にある知覧麓は、17世紀から19世紀にかけて現在の鹿児島県を治めた薩摩藩が家臣の武士を集住させた藩内113か所の「麓」と呼ばれる武家町の一つです。知覧麓は、御仮屋と呼ばれる役所を中心とした区画割りをよく遺し、敵の侵入に備えた武家町特有の三叉路なども見られます。また、各武家住宅とその外構や庭園が極めてよく保存されており、庭園のうちの七つが国の名勝に指定されています。7庭のうち1庭が池庭であるほかは全て枯山水*****で、大きな石を立て、その立石に石造の小塔を置くなど独特のデザインが見られます。その独特のデザインに琉球や中国の庭園からの影響を読み取る人もいます。知覧麓でも無電柱化や道路の土色舗装が進められているため、まるで薩摩武士になったかのような感覚で散策が楽しめます。もちろん名勝指定の7庭園は必見です。
* 参詣者の多い大きな寺院や神社の周囲に寺社関係者や職人ならびに参詣者相手の商人等が居住してできる町
** 歴史的価値の高い市街地とそこでの住民の営みが一体となった環境
*** 現在の奈良県の旧国名
**** 電線の地下埋設などの手法で道路上から電柱・電線をなくすこと
***** 水を用いないで自然の景観などを象徴的に表現する日本の庭園様式
小野健吉
大阪観光大学教授。奈良文化財研究所名誉研究員。博士(農学)(京都大学)。主著として「岩波日本庭園辞典」(岩波書店、2004年)、「日本庭園―空間の美の歴史」(岩波新書/岩波書店、2009年)、「日本庭園の歴史と文化」(吉川弘文館、2015年)がある。日本庭園や観光について各地で講演している。
By ONO Kenkichi
Photo: ONO Kenkichi