VOL.193 JUNE 2024
SUMMER FUN IN JAPAN: SEASIDE FESTIVALS AND EVENTS
[日本の技術]貼るだけでガラス窓に映像を映し出せる透明スクリーンフィルム
東京タワーの展望台の窓に貼られたKaleido Screen®を使ったプロジェクションマッピングイベントの様子。
東京の夜景に美しい花火や流れ星が浮かび上がるプロジェクションマッピングイベント「TOKYO TOWER CITY LIGHT FANTASIA ~Summer Landscape 2024~」は9/1まで開催中。
Photo: ©TOKYO TOWER
通常は光がまっすぐ透過する透明なガラス窓に、プロジェクターから投影される映像をクリアに映し出す。それを可能にしたのは、ナノダイヤモンド粒子を用いた光の散乱*技術だった。大学と民間企業で取り組む産学連携プロジェクトにより生まれたこの技術は、透明スクリーンとして実用化され、プロジェクションマッピングやデジタルサイネージなどをガラス窓に映し出す等、用途が広がっている。
透明なガラス板やアクリル板に映像を映し出す試みは、これまでも繰り返されてきた。だが、透明であるということは、光がまっすぐ透過するということ。一方、映像を映し出すためには光がガラス板などに当たった際に、まっすぐ透過するのではなく散乱させる必要がある。この相反する現象を両立させたのが、東京工業大学の戸木田雅利教授と西村涼特任教授たちの研究チームだ。彼らはそれまで取り組んできたナノ**構造設計の研究を活かして、2009年からこの難題に取り組んだ。この取組は、科学技術振興機構(JST)が主導する研究成果展開事業戦略的イノベーション創出推進プログラム(通称S-イノベ)のテーマ「高分子ナノ配向制御による新規デバイス技術の開発」の一環として行われた。S-イノベは産学連携により大規模で革新的な技術開発を目指したものだ。今回は研究リーダーを東京工業大学、開発リーダーをENEOS株式会社が担った。そして、その技術開発は実現し、戸木田教授と西村特任教授はこの「透明スクリーンの開発」によって、2024年度の文部科学大臣表彰科学技術賞(開発部門)を受賞している。
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Photo: 東京工業大学 西村涼
透明スクリーン実現のカギとなったのは、プロジェクト参加企業の一つ、ビジョン開発株式会社が持ち込んだ「ナノダイヤモンド」。ナノダイヤモンドは炭素材料の一種で、火薬を密閉容器内で爆発させてその衝撃波によって作られる人工ダイヤモンドの一種。最小粒径が5ナノメートル程度と極小で、ダイヤモンドとしての結晶構造を持ち、高い硬度と大きな光の屈折率が特長だ。一般にナノ粒子を適度に分散させることは難しいのだが、この手法で作られたナノダイヤモンド粒子は容易に水に分散する性質を持ち、しかも、粒子を均一に分散させることが可能だ。フィルムの基材となるポリビニルアルコール(PVA)***にナノダイヤモンド粒子をごく薄い濃度で分散させて、薄いフィルムを作る。しかし、粒子の濃度が高いとフィルムが白く濁り透明度が低くなってしまうが、粒子濃度が低過ぎても光を散乱させる効果が弱くなり映像を映すことができない。また、粒子のサイズは、ごく小さな違いであっても光の散乱具合が変わり、色の見え方が変わってくる。そこで、フィルムの中のナノダイヤモンド粒子の大きさや濃度を変えながら試行錯誤した末に、高い透明度を持ちながらも、人間の目に違和感のない色をもった映像を映し出すことのできるようにする技術を確立することができた。そして、この技術をベースに誕生した、窓ガラスに貼ることのできるフィルム「Kaleido Screen®」(カレイドスクリーン)****は、「ガラスをディスプレイに進化させる高透明フィルム」として映像アーティストの目に止まり、大規模なプロジェクションマッピングを利用したアートイベントに採用されることとなった。
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図: 東京工業大学 西村涼
昼間はクリアな窓ガラスからの街の眺望、夜は夜景とマッチした美しい映像ショーを楽しむことのできるこの透明スクリーンは、現在では、東京にある東京タワーや渋谷ヒカリエ、大阪市のあべのハルカスをはじめとした展望施設や商業施設、佐賀県庁などの公共施設、スポーツイベントや店舗などに導入され、集客に一役買っている。オフィスビルのガラスを彩るウェルカムボードや、広告やお知らせを投影するデジタルサイネージなど、今後もさまざまな場所に活用されていくだろう。
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大阪市のあべのハルカスの展望台からの昼間の眺望(左)、夜間の映像演出と実際の夜景とのコラボレーションの様子(右)。「Kaleido Screen®」が貼られた大きなガラス窓は透明度が高く、大阪の眺望を楽しむことができる。
Photo: 東京工業大学 西村涼
* 光が物質に当たった際に様々な方向に拡散すること。人間の目に見える光を可視光線といい、可視光線は波長の長短で色を生み出すが、波長間で散乱のバランスが悪いと色がきれいに見えない。
** ナノは10億分の1を表す単位の接頭語。1ナノメートル(nm)は10億分の1メートル。超微細な物質を研究開発する技術をナノテクノロジーという。
*** 合成樹脂の一つ。液体のりや接着剤のほか繊維やフィルムの材料に用いられる。
**** プロジェクト参加企業ENEOS株式会社の商標登録
By FUKUDA Mistuhiro
Photo: NISHIMURA Suzushi, TOKYO TOWER