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Highlighting JAPAN

 

 

VRで立体視も可能な心臓シミュレータ

実際の心臓の動きを3Dで再現し、VRで可視化する心臓シミュレータが開発された。教材や模型では分かりにくい心臓への理解を深めるためのツールとして医学教育に役立てられ始めており、臨床応用に向けた研究も進んでいる。

成人の心臓は、1分間に60~80回拍動し、約5Lの血液を全身に送る。生命維持の要となる最も大切な臓器の一つである。しかし、その構造はかなり複雑で、血液の流れや電気信号の伝わり方などを正しく観察するのはかなり困難だとされている。一方で、日本人の死亡原因の第2位でもある心疾患については未解明な部分が多く、心臓の病態解明に向けた研究が進められている。

富士通株式会社は東京大学と共に心臓の動きや血流などを立体的に可視化する心臓シミュレータを開発した。このシミュレータから出力される精緻なデータを医学教育向けに提供する3D心臓シミュレータ「Heart Explorer」は2018年4月より販売されている。

「Heart Explorer」はスーパーコンピュータ「京」でシミュレーションした出力データを使って作り上げた心臓モデルを活用して心臓を3Dグラフィックス化していることが最大の特徴である。心筋の収縮・弛緩、心臓の拍動、血液の拍出だけでなく、冠循環内の血流速度、血圧なども、シミュレーションにより再現している。また、心筋梗塞などの疾患時には心臓の状態や機能も連動して変化する。

VR(Virtual Reality)ディスプレイを使えば、拍動する立体的な心臓が目の前に現れ、まるで自分の手で持って動かしているように心臓を回転させて、心臓の裏側や大動脈の中で弁が動く様子まで鮮明に観察することができる。断面表示では、心筋の状態や心臓内の血流など、MRIやCTでは撮影が難しい現象まで見ることができる。また、観察した心臓の状態を心電図などの実データと重ね合わせて表示することも可能である。

医学生や看護学生の教育現場では、教科書や模型では理解しにくい心臓の構造と状態、機能を各種データと連動させながら学ぶ学習ツールとして、「Heart Explorer」が活用され始めている。実際、東京大学を始めとしたいくつかの大学医学部において、「Heart Explorer」を使った講義が行われている。

富士通は2008年から東京大学との共同研究を開始し、実社会の課題を解決するアプリを目指し2013年からは心不全患者のデータを用いた臨床研究を行ってきた。

「CT、MRIなどの画像検査の画像などを基に作り上げた心臓モデルをベースにシミュレーションし、実際の心電図とリンクさせることは容易ではありませんでした。しかし、これを実現した結果、血流と心筋の相互作用や興奮伝播(心臓を拍動させる電気信号の流れ)の状態が再現できるようになったと考えています」と、「Heart Explorer」の研究開発責任者である渡邉正宏さんは開発当時を振り返る。

富士通では心臓シミュレータの研究開発テーマとして、臨床応用も視野に入れた取り組みを始めている。「従来の心臓シミュレーション技術は、すでに治療を終えた患者さんに説明するためのツールでしかありませんでしたが、この研究では診断や治療に役立つものを目指しています。現時点ではCRTというペースメーカーを装着する上で最適な電極位置を見つけることが可能となってきており、将来的にはモデル化した実際の患者さんの心臓を用いて仮想的な施術を行い、術後の心臓機能を予測することが考えられます」と渡邉さんは語る。

臨床応用となれば、有効性、安全性、コストの問題などいくつかの課題がある。一方で、以前であれば心拍5回分に約10日間もかかっていた演算処理が、今では約10時間でできるほど高度化・高速化するなど、シミュレーションや可視化の技術は急速に進歩している。まずは3D心臓モデルの可視化としての価値を広めつつ、臨床応用に向けて研究が徐々にステップアップしていくことが期待される。