VOL.196 SEPTEMBER 2024
JAPAN’S ENJOYABLE PUBLIC AQUARIUMS 日本の水族館が持つ不思議な魅力

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溝井みぞい 裕一ゆういちさん
関西大学文学部教授。2018年に「水族館の文化史」を著し、サントリー学芸賞の社会・風俗部門を受賞。専門分野は「人と動物の関係史」と「西洋文化史」の二つ。「人と動物の関係史」では、動物園や水族館、あるいは民間伝承をもとに、長い歴史における人と動物の共生の問題を取り上げている。

海に囲まれ、河川や湖も豊富にある日本では水生生物はとても身近な存在だ。それでも、まるで水中にいるような雰囲気を味わえる水族館は非日常的な空間として、日本人にとっても特別な場所だ。水族館に詳しい関西大学文学部教授の溝井みぞい 裕一ゆういちさんに日本の水族館の魅力について話を伺った。

日本は、四方を海に囲まれており、河川や湖も豊富にあり、水生生物がとても身近です。そんな日本では全国各地に水族館があり人気を博しています。あらためて水族館の起源と日本での始まりや歴史などを教えていただけますでしょうか。

水族館の起源をどこに求めるかは諸説あります。例えば、古代エジプトや古代ローマ帝国でも、宗教的な理由あるいは食用、さらに観賞目的で魚を飼育した池がありました。この観賞用に魚を飼い始めたことが水族館のルーツに当たるわけです。

一方、私たちがイメージするいわゆる近代的な水族館のルーツは19世紀の英国ということになります。1853年にロンドン動物園の中に造られたのが世界初の水族館です。実は日本に初めて造られた水族館のモデルにもなりました。1882年に上野動物園(東京都)の中に設けられた「観魚室うをのぞき」という施設です。当時ヨーロッパで流行していた洞窟風の入口が特徴的な、非常にシンプルな構造の水族館でした。


日本最初の水族館「観魚室うをのぞき」の入口を描いた当時のイラスト。
Photo: (公財)東京動物園協会

さらに1897年には、兵庫県神戸市の和田岬に本格的な水族館「和田岬水族館」が開館します。水槽にヨーロッパ式の循環ろ過装置を完備し、見た目も非常に立派な水族館です。


「和田岬水族館」の正面を描いた図面。日本初の本格的な水族館とされる。
Photo: 国立研究開発法人 水産研究・教育機構

同時期に浅草公園水族館(東京都)や堺水族館(大阪府)などさまざまな水族館が建てられて、次第に水族館が定着していきますが、現在の日本の水族館に大きな影響を与えた水族館は、おそらく1954年に開館した江ノ島水族館(神奈川県)でしょう。溶解しにくい硬質塩化ビニールパイプを使ったり、水槽の温度調整をできるようにしたりと、第二次世界大戦後の最新技術を駆使して建設され、現在の水族館造りのノウハウを確立させました。


日本における代表的な近代的水族館の一つ、江ノ島水族館の開館当初の様子。
Photo: 新江ノ島水族館

水族館が現在のように発展する過程において、他にも重要な技術革新がありましたら教えてください。

まず、水族館の展示方法そのものは19世紀の時点でかなり野心的な実験が行われていました。例えば1867年パリ万博の海水水族館では、四方と天井を全て水槽とし、臨場感を高めていました。ただ当時のガラスは割れやすく危ないことが問題でした。当時の技術では水の重さに耐えられるようなガラスを作れなかったのです。しかし、1930年代にアクリルガラスが開発されます。非常に頑丈で重さに耐えうるということで、世界中の水族館で使用されるようになりました。加えて、アクリルガラスはガラスよりも加工がしやすいという特徴があります。このアクリルガラスの登場によって、現代の水族館のように、大型水槽での展示が可能になり、回遊水槽やテーマに基づいた展示デザインが可能となって導入されるようになったのです。


アメリカ合衆国・ボストンにあるニューイングランド水族館。施設の中央に設置されたシリンダー型の大水槽。
Photo: Yuichi Mizoi

また、日本においては、第二次大戦後、回遊水槽と呼ばれるドーナツ型の水槽が開発され、見学する者の周りを魚が泳ぐという臨場感のある展示ができるようになりました。


日本で開発されたドーナツ型水槽を取り入れた葛西臨海水族園の展示
Photo: Yuichi Mizoi

技術的進歩以外でも展示方法の変化などはあったのでしょうか?

1960年代以降は、主に日本と欧米において統一されたコンセプト、あるいはストーリーに基づいた水族館の設計を行うことが本格化していきました。例えば1990年にオープンした海遊館(大阪府)を例にお話しましょう。8階建ての大型水族館ですが、展示は縦型の回廊式になっていて、さまざまな水槽展示を観賞しながら降りていくスタイルです。6階から4階にあるメイン水槽「太平洋」は、まるで海の中に降りていくような臨場感があり、水槽の中の巨大なジンベエザメが泳いでいる様子を鑑賞してから、その周りの太平洋を取り囲んでいる火山帯「リング・オブ・ファイア」の海で暮らす生物をエリア別に見ることができます。このように、はっきりとしたストーリー性を持たせた展示になっており、このスタイルが現在の日本の水族館展示の主流になってきています。

日本において水族館の人気が高い要因について、日本の歴史的・社会的背景と関わりがありましたら、その辺りをご説明いただけますでしょうか。

最初に紹介した和田岬水族館は、ヨーロッパの教会をイメージさせるようなデザインで作られていますが、興味深いのがアーチのデザインなど各所にインド式のモチーフがあしらわれている点です。これは、日本人の持つ竜宮城りゅうぐうじょう*のイメージを表していると言ってよいでしょう。というのも、日本では馴染みの深い童話「浦島太郎」**にもみられるこの竜宮城のイメージはインドや中国で確立したと考えられているからです。また、浅草公園水族館(東京都。1899年開館)での体験を竜宮城に行く体験になぞらえる歌も存在しており、水族館というところが竜宮城のような非日常空間に行ける場所、これまでの伝統的な日本とは違う異世界体験ができる場所として人気を確立していったことは間違いないと思います。

さらに、日本人はアクアリウムやプラネタリウムなど「〜リウム」のつく施設が好きな傾向があります。限られた空間に異世界が表象する体験を非常に好む傾向があります。その理由は、はっきりしていませんが、私は日本庭園の伝統に関係しているのではないかという仮説を立てています。長い歴史を有する日本庭園においては、限られたスペースに水や岩、植物などを配置して、全国各地の名所や理想とする景色を再構築することが行われてきました。そういった、もともと自分たちが好む自然の一部を再構築して楽しむ文化があって、それが水族館という西洋由来のものと融合して発展してきた側面があるのかもしれません。

数ある日本の水族館の中で、外国人観光客向けの先生おすすめの水族館がありましたらお教えください。

正確な数は不明ですが、150あるともいわれる日本の水族館は、きわめて多様です。そのなかでもぜひ目を向けて欲しいとすれば、水族館に求められる四つの機能「研究、教育、保全及び娯楽」の中でも教育や保全活動にコミットして、しっかりと展示と組み合わせている水族館をおすすめしたいです。個人的に理想的なバランスだと思っているのは「葛西臨海水族園」(東京都。1989年開館)です。回遊水槽での展示があり、水中にいるかのような臨場感体験も楽しめます。また、屋外施設もあり、そこでは、東京周辺の自然を徹底的にリアルに再現して見せる展示***を行っています。一方で、東京や北海道の生物の保全・研究にも力を入れています。日本初の水族館「観魚室うをのぞき」の後継施設でもあり、そういった歴史的な観点からいっても、日本を代表する施設の一つであると思います。

あとは、「いおワールドかごしま水族館」(鹿児島県・1997年開館)もぜひ訪れてみてほしいです。ここは私としては日本で最も優れた水族館の一つだと思っています。理由としては、まず一つに立地がすばらしく、桜島がすぐ近くにあって、雄大な自然と一体化している施設であるということ。また、サツマハオリムシと言う鹿児島湾に生息する無脊椎生物をメインの展示に据えるなど、開館当初から地元の鹿児島の海を見せるということに注力しています。さらに「沈黙の海」という、魚が何も見えず、青い空間だけが広がる水槽展示もあり、乱獲をずっと続けていくことへの警鐘を示すなど、きちんとしたメッセージ性を大切にしているところもすばらしいと思います。


いおワールドかごしま水族館で観察できるサツマハオリムシ
Photo: Yuichi Mizoi

いおワールドかごしま水族館の乱獲への警鐘を伝えるからの水槽展示
Photo: Yuichi Mizoi

それと日本の水族館を訪れた際に注目していただきたいのは、おみやげです。日本の水族館には非常にグレードが高いフィギュアやペーパークラフトがありますので、そういったものは海外のかたにも楽しんでいただけるのではないかと思います。


趣向をこらした水族館のお土産にも注目
Photo: (公財)東京動物園協会

* インドや中国、日本各所に伝わる海神にまつわる伝説に登場する海神の宮。
** 「HIGHLIGHTING Japan」2014年7月号「浦島太郎のお話(仮訳)」参照
*** 水族館のリニューアルにともない、現在(2024年9月末現在)は閉鎖中。


By MOROHASHI Kumiko
Photo: Tokyo Zoological Park Society; Japan Fisheries Research and Education Agency; Enoshima Aquarium; Yuichi Mizoi

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