VOL.193 JUNE 2024
SUMMER FUN IN JAPAN: SEASIDE FESTIVALS AND EVENTS
日本の夏を彩るさまざまな海辺の祭り-歴史と文化との関わりの視点から-
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Photo: いすみ市
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(地図は日本全図ではなく一部略している。)
日本は四方を海に囲まれた海洋国家だ。日本各地で行われる夏の祭りには、海辺で行われるものも多い。夏の祭りならではの特徴や由来などを、民俗学、文化人類学を専門とされる江戸川大学社会学部特任教授 阿南 透さんに伺った。
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日本は、夏にお祭りやイベントが多く行われますが、日本の歴史や文化とどういう関わりがあるのでしょうか。
日本の夏は非常に蒸し暑く過ごしにくい季節です。夏の祭りは、文化を生み出す背景として、まず、そうした気候と密接な関わりがあります。日本の祭りの歴史を振り返ってみても、夏は疫病が流行しやすく、疫病退散*を願う祭りが全国的に行われてきました。日本を代表する有名な祭りの中でも、京都の八坂神社の「祇園祭」、大阪天満宮の「天神祭」は疫病をきっかけに行われるようになった祭りですし、愛知県津島市の津島神社「尾張津島天王祭」も知られています。こうした祭りは、疫病退散を願った神輿**担ぎの行列に見物人が多く集まり、山・鉾・屋台***なども加わって、大規模な祭りに発展していきました。ほかに海沿いの地域で行われているものでは、石川県能登町の宇出津八坂神社で行なわれる「あばれ祭」も知られています。二十数本のキリコ(切子燈籠、背が高い行燈)が繰り出すほか、大きな松明が立てられ、神輿が海や川、火のなかに投げ込まれたり、地面に叩きつけられたりするという勇壮な祭り****です。
また、疫病退散の祭りには、こうした神輿などを担ぐのではなく、疫病をもたらす神に見立てた人形を川や海に流すという形式をとるものもあります。
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Photo: 鍵主 哲
海沿いの地域の夏祭りとしては、ほかに国内外で有名な青森市(青森県)の「ねぶた祭」があります。ねぶたは、元々は「ねむり流し」という睡魔を祓う行事に由来するものと考えています。睡魔は、真夏の農作業の邪魔になるので祓うのだと思います。東日本の日本海側、秋田県能代市や富山県黒部市にも名称こそ異なりますが、同様の祭りが残っています。古くから日本海側は海運が発達してきたため、同様な文化が伝わったのでしょう。ねぶた祭は、今では大型燈籠が青森市内を練り歩きますが(写真参照)、もともとは川や海へ小さい燈籠に火を灯し流して「眠気」を払っていたものが、イベント化し、燈籠の大きさやデザインなどを競い合ううちに、巨大になっていったと考えています。
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Photo: 青森観光コンベンション協会
また、こうした、夏特有の疫病の流行、眠気などを払う、という意味合いから始まった祭りに加え、日本では夏に「お盆」の時期もやってきます。亡くなった先祖の魂が定期的に現世に戻ってきて、また送り返すという、日本古来の祖霊信仰と仏教由来の行事「盂蘭盆会」が融合した日本の風習で、夏のそういった時期をお盆と言い、地域によってその時期は違いますが、だいたい7月中旬か8月の中旬になります。夏祭りにも、このお盆に行う祭りや行事もあります。例えば、日本海側に面した京都府宮津市では「燈籠*****流し」として、海のかなたへ先祖の魂を送り返すという行事を行います。先にお話しした、青森のねぶた祭でも、祭りの最終日には、選ばれた数台の大型燈籠を船に乗せ、青森港を海上運行しますので、燈籠流しと形としては似ているかもしれません。
このように、夏という季節柄、疫病や眠気など日常生活を脅かすものを退散させることや、民間信仰である先祖の霊を敬うお盆の行事とが融合したものが、夏祭りとして人々が集まるきっかけになっていったのではと思われます。
歴史や文化との関わりといった視点から、海、海辺で行うお祭りやイベントについて、特徴があれば教えてください。
海沿いの漁業が盛んな地域では、開催時期は夏とは限りませんが、大漁を祈願する祭りが日本には多くあります。神輿を人が担いで海に入る、あるいは神輿を船に乗せて海に入るという行事を行うところも多いです。山口県粭島で行われる「貴船祭」は、大漁祈願と、穢れを祓うための神職が身体を洗い清める「みそぎ」の両方の要素が影響している夏のお祭りです。また、東京近郊の千葉県や神奈川県の海沿いの地域でも、海で行われる祭りがよく見られます。千葉県大原のはだか祭りや、神奈川県茅ヶ崎の浜降祭などは大きな夏祭りです。大原では十数基、茅ヶ崎では約三十基も神輿が集まり、また海へと入っていく様は迫力があり、祭りのクライマックス。大勢の観光客もそれを目当てに訪れます。
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ただ、漁業の繁栄や大漁祈願だけではなく、みそぎや清めるだけの意味で、神輿を担いで海へ入るようなケースもあると思います。これは、神輿が海に入るということは、神様も入るということでもあり、その神様の神威にふれようと、浜辺にたくさんの人が賑やかに集まること自体、楽しく盛り上がるものです。他の町の神輿も数多く集い、いかにかっこよく担ぐか、神輿を高く差し上げられるか、神輿の飾り付けはどうか、などと、競い合うことも大きな楽しみとなっています。昔も今も、祭りは堅苦しいものではなく楽しいものであったから、地域に根づき、今日まで継続したのでしょう。
日本では古くから続いているお祭りやイベントも数多くありますが、昔と現代で変わってきているところがありましたらお教えください
昔と大きく変わってきている点は、祭りの観光化が進んでいることでしょうか。席料をとるなど観覧席を確保して、観光客でも祭りを快適な環境で見やすくするように便宜をはかるようになってきています。例えば、食事をとりながらお祭りを鑑賞できるようにするなど、様々な工夫がなされているところもあるようです。青森ねぶた祭では、一席100万円の観覧席まで登場しています。そうなると、逆に観覧席を設置しやすい場所で祭りを行うようになったり、人々が集まりやすい休日に祭りの開催日程を変更するなどといったこともあります。こうした運営面での工夫で観光化が大きく進んでいる傾向が現代では見られます。
海外では日本のお祭りというのはどういったものが知られているのでしょうか。
例えば米国ロサンゼルスには日系人が多く住んでいますので、彼らが一般の米国人向けにどういう日本のお祭りを見せるか、ということが参考になるかと思います。よく出てくるのは「阿波おどり******」や「よさこい*******」に倣ったものです。また、笹に日本的なデコレーションをほどこした華やかな装飾が特徴の七夕祭り********に由来する「七夕飾り」もよく見られます。前に申し上げた、青森の「ねぶた祭」にいたっては、日本の祭りの代表例として米国だけでなく世界的に認知度が高いと思います。
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Photo: 徳島市
日本の夏に行われるお祭りやイベントの中で、訪日客へ先生がおすすめのものがありましたらご紹介ください。
日本列島の南西、九州の長崎市で毎年8月15日に行われる伝統行事「精霊流し」も、とても興味深いものです。初めてのお盆を迎える故人の家族が、趣向を凝らした船の形をした乗り物に故人の霊を乗せて、にぎやかに盛大に爆竹を鳴らして練り歩き、霊が「無事に死後の魂の安楽の地である極楽浄土までたどり着けるように」という願いを込めて送り出すものです。賑やかな爆竹の音で悪霊を払いながら港へ向かい、亡くなった方の霊を船に乗せて海のかなたへ返すまでが一連の流れとなっています。長崎とその周辺のみの独特の行事なので、夏に日本を訪れる機会があれば、直接ご覧になってみるのはいかがでしょう。
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* 病原体の存在が知られていない時代には、感染症をもたらすのは怨霊や疫病神のせいとされ、疫病神を退けるための習俗が日本各地で考えられた。
** 神様が市中を渡り歩くことができるようにした、神様の乗り物。
*** 祭礼の際に、引いたり担いだりして街の中を練り歩く出し物の総称。祭礼や地方によって呼称や形式は異なる。
**** 日本神話において勇ましい神、須佐之男命を祀っている。その祭神がうつった神輿を海の中や川の中、火の中に投げ込み、叩いたり、壊したりするなど「大あばれ」することにより、神輿の興奮が神様を呼び寄せ、人々は神様に近づくことができると信じられている祭。
***** あかりとして灯した火が風などで消えないように木枠と紙などで囲いをしたもの。
****** 徳島市を中心に徳島県下一円で踊られている盆踊り。
******* 高知県高知市のよさこい祭りの踊り。手にした楽器・鳴子を打ち鳴らしながら踊る。
******** 中国の伝説と、日本に昔から語り継がれている「棚機津女」という伝説、更には豊作を祈る風習などが合わさってできた行事。一年に一度、織姫と彦星が出会うという伝説から、七月七日に短冊に願い事を書いて笹に飾る。
By TANAKA Nozomi
Photo: Aomori Tourism and Convention Association; Isumi City; KAGINUSHI Tetsu; Tokushima City; PIXTA