VOL.195 AUGUST 2024
EXPLORE THE UNIQUE CHARM OF MANGA IN JAPAN 世界を魅了する日本のマンガ創作のオリジナリティ


里中さとなか満智子まちこさん
漫画家。1964年、「ピアの肖像」で高校在学中に漫画家としてデビュー。「あした輝く」「姫がいく!」で講談社出版文化賞、「狩人の星座」で同漫画賞受賞。「天上の虹」「女帝の手記」など歴史を描いた作品も多い。大阪芸術大学教授、公益社団法人日本漫画家協会理事長も務める。

万葉集をモチーフとして持統天皇(第41代の女帝。在位690年から697年)の生涯を描いた「天上の虹」(講談社刊)
Photo: 里中満智子

昨今、世界における日本マンガの評価は大変に高く、どのような構想から生まれ、どんな過程を経て創作されているのか知りたいかたも多いと思われる。日本を代表する漫画家であり、公益社団法人日本漫画家協会理事長を務める里中さとなか満智子まちこさんに、世界を魅了する日本のマンガ創作のオリジナリティについて話を伺った。

世界の様々な国で、多くのマンガが出版されていますが、創作という観点から海外と比較して日本マンガの特徴はどういったところにあるでしょうか。

まず、日本以外の国では、漫画家は基本的に「絵描き」に属する仕事で、絵を描くことを主体とする仕事と捉えられています。例えば、私もアメリカへ行って実際に見聞きしましたが、アメリカンコミックの創作は言わばハリウッドの映画制作と似ています。出版社が作品の著作権を管理し、主人公はあの漫画家に書かせよう、相手役の女性は誰に書かせよう、脚本は誰に書かせようなど、作品を分業制で作ってくのが主流です。日本でいう漫画家に当たる役目の人は、出版社の注文に従って絵を描くということだけをします。そうしますと、同じタイトルのマンガでも何人もの作画担当の人がいるということです。私の会ったアメリカ人漫画家から「私はバットマンの主人公の作画を一時期手がけていました」と言われて日本の常識とは違うので驚きました。

これがヨーロッパになりますと、フランス文化圏を中心として、絵の力で見せていく「バンド・デシネ(bande dessinée)」(略称「BDベデ」)という絵画的なマンガが発展してきました。これは、1コマ、1コマが1枚の絵としても成り立っていて、まさしく「絵を見せる」作り方だと感じました。

これに対して、日本のマンガは、アメリカンコミックとは異なり、作品の創作に関しては、作者・漫画家が全て自力ですることが原則になります。つまり、小説家と同じようにどんな作品をつくろうかという構想段階から、最終原画を描いて出版社へ渡すまでの全過程が漫画家の仕事になってきます。そして、全てのコマに連続性があり、その連続性を前提で脚本兼コマ割り表のような「ネーム」*と呼ぶ構想ペーパーを作成して創作のベースにします。作品にはその人独特の世界が広がるわけですから、日本では作者が死んだら二度と新しい作品は生まれません。分業制作のアニメーションとは異なり、その作家でなければかけない一本の線、その人でなければ生み出せないたった一言のつぶやき。これらが日本のマンガの世界を作っています。

先生が今おっしゃられたような、日本のマンガが他国と違う創作にオリジナリティがあって、それが今日の世界をも魅了する発展を見せた大きな要因は何だとお考えですか?

特に先の大戦後、日本マンガの急速な発展に大きかったのは、やはりてづか治虫おさむ**の存在です。日本で手治虫は「漫画の神様」といわれていますが、これは、実は面白い作品をたくさん描いたからだけではなく、従来の漫画界の常識にとらわれず、「漫画の表現方法を広げたから」です。手以前のマンガの構図は舞台劇に近く、移動は横移動を主とした割と単純な構図で構成されていました。それに比べて手治虫マンガの構図は立体的で奥行きがありました。また、鳥瞰的な視点から描いたり、目のアップショットのコマが差し込まれるなど、非常に革新的な構図を次々と生み出していたのです。


21世紀を舞台に、10万馬力のロボット少年が活躍するSFヒーローマンガ「鉄腕アトム」
©手プロダクション

さらに手治虫はストーリーの創作においても天才でした。それまでのマンガは、こどもが見て分かるもの、他愛なく笑えるもの、分かりやすい、言わば勧善懲悪的なお話で構成されていました。しかし、手作品では主人公が社会から足げにされ誰にも理解されず、世の中のために死んでいく孤独さえ描かれました。また、人間でなくロボットを主人公に据えて描いたことも斬新です。

背景としては、手治虫が活躍した時代は少年少女向けの雑誌が作品の発表の主な舞台だったので、読者は中学生、高校生といったこどもたちが主でした。そのため、彼は、思い通りにはいかない複雑な世の中のあり方、正義は必ずしも一つではないということをこどもにも分かりやすく見せるような物語を描いたのです。それは読者が「人は一体何のために生きるのだろうか」ということを考えるきっかけになりました。つまり、「物語の力」こそが手作品の他にないオリジナリティだったのです。今日の日本マンガが絵だけで見せるのではなく、物語とシナリオ、コマ運びで成立している要素が大きいのは、一人の天才である手治虫が現れ、それまでの漫画の常識・概念を大きく変えたからなのです。

それでは、世界中の人を魅了する日本のマンガとは、通常どのような過程を経て創作されているのでしょうか?

日本ではマンガを創作する際、まず作者がストーリーを考えます。自分の描きたい作品の設定や世界観、登場するキャラクターをイメージしていくのです。この構想の組み立てにとても時間がかかり、作品によっては何十年と時間をかけるものもありますね。

次に実際に漫画にするために、脚本兼コマ割り表のような「ネーム」の作成に入ります。ページごとの構図を考え、コマ割り***やせりふを考えていくのです。そして何より大切なのがキャラクターのデザインです。どんな顔をしていてどんなファッションなのか、どんな風にしゃべるのか。小説とは違い、漫画の場合はビジュアルのデザインも重要です。


里中さんの作品「古事記」の鉛筆による下書き
Photo: 里中満智子

大体の「ネーム」が仕上がったら、鉛筆で下書きします。主人公をアップにしようとか、右ページと左ページを比較して構図を変えようなど、試行錯誤しながら作り上げます。そのあとが「ペン入れ」です。


下書きにペンを入れた原稿
Photo: 里中満智子

アナログの場合はペンにインクや墨汁をつけて書きますが、作家の好みで筆やマーカーを使う人もいます。また最近は、パソコンを使用してデジタルでマンガを描くかたも多いです。人物を描いたら次は背景です。建物や木や空など風景を描くこともありますし、塗り潰したり、模様を入れるなど効果を付け足していくこともあります。この作業はアシスタントが行うこともありますね。こうしたさまざまな段階を経て一つの作品を作り上げていきます。


背景やトーン****、髪の毛を塗り完成した原稿
Photo: 里中満智子

下書きのイメージ(左)が後工程のペン入れ作業によって、見事に完成していく(右)(「天上の虹」より)。
Photo: 里中満智子

里中先生の作品でも壮大な世界観や物語が展開する作品が多くあります。先生が作品を作る時に大切にしていることはありますか?

例えば事実を基にした歴史物の場合は、かつて本当に生きていた人たちに敬意を払いながら作ることを心がけています。例えば8世紀後半ごろに編纂された「万葉集まんようしゅう」*****をモチーフに描いた作品は、私は10代の思春期の頃から構想を思い描いていました。昔の日本は身分制度が厳しく男性がリードする社会だと思われていますが、それは武家社会以後の日本。万葉集の中にはおおらかで自由な全然違う世界があり、少女時代におおいに衝撃を受けました。先人の和歌に込められた古来から伝わる日本ならではの感性や考え方を広く知ってほしいと取り組んだ作品です。

先生の日本文化への思いが込められているのですね。他にも日本マンガを読んでみようと思うかたにおすすめの作品を教えてください。

日本のマンガにおいて、難しいテーマにチャレンジする意欲的な作品がどんどん増えていて素晴らしいと思います。特に若い人たちが描く戦争マンガの深みや凄みには驚かされます。最近だと先の大戦の激戦地を舞台にした「ペリリュー —楽園のゲルニカ—」(武田一義作)がそうですね。また15世紀のヨーロッパで地動説を研究する人々を描いた「チ。—地球の運動についてー」(魚豊作)や明治末期の北海道を舞台とした冒険譚の中でアイヌ******文化を描いた「ゴールデンカムイ」(野田サトル作)など、よくぞこの題材をテーマにしたなと思う作品が出てきました。常識にとらわれることなく、新しい価値観やオリジナリティを生み出す日本の優れたマンガにぜひ触れてみていただけたらと思います。


第二次世界大戦中の若者達の姿を描いた「ペリリュー —楽園のゲルニカ—」(武田一義作)
Photo: ©Kazuyoshi Takeda/白泉社

明治末期の北海道を舞台としたベストセラー「ゴールデンカムイ」(野田サトル作)
Photo: 集英社

* 漫画を描く際のコマ割り、コマごとの構図・セリフ・キャラクターの配置等を大まかに表したもの。「コマ割」「ラフ・ネーム」「ラフ」、場合によっては「絵コンテ」と呼ばれる場合もある。
** てづか治虫おさむ(1928年11月3日生まれ、1989年2月9日没)日本のマンガ家、アニメーション作家、医師の資格もあった。日本におけるストーリーマンガの第一人者として活躍。代表作は「鉄腕アトム」「火の鳥」「ブラック・ジャック」など。
*** マンガの絵をシーンやセリフごとに区切るワク線をコマと呼ぶ。描いた絵の一つひとつをどの大きさでどのように配置するかを “コマ割り” と呼ぶ。
**** グラフィックデザイン、イラストレーション、漫画などに用いられる画材で、様々な模様やグラデーションが印刷された粘着タイプのシートのこと。
***** 8世紀後半に編纂されたとされる、現存する日本最古の和歌集。和歌は日本独自の短詩型文学。
****** 日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族。日本語と系統の異なる言語「アイヌ語」を話し、固有の文化を発展させてきた。


By MOROHASHI Kumiko
Photo: ©Kazuyoshi Takeda / Hakusensha, Incorporated; ©Tezuka Productions; SATONAKA Machiko; SHUEISHA

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