Skip to Content

December 2022

日本の文様の歴史と特徴

  • 藤依里子さん
  • 風呂敷の唐草文(からくさもん)
  • 水の流れを表現したと考えられる文様が描かれた縄文時代の土器(九州国立博物館所蔵) (直径32.5センチメートル、高さ43センチメートル)
  • マツの枝をくわえたツルの文様が描かれた「松喰鶴蒔絵螺鈿二階厨子(まつくいづるまきえらでんにかいずし)」(19世紀)(東京国立博物館所蔵)
  • 着物の帯に施されたチョウの文様
  • 市松文の着物を着た女性を描いた喜多川歌麿による浮世絵「ポッピンを吹く娘」(東京国立博物館所蔵)
  • 塀の装飾に使われるデザインとして馴染み深い、波型の青海波文
  • 南天の文様が描かれた椀
  • 富貴繫栄を象徴するボタン(牡丹)の花などの文様をあしらったデザイナーの上田惠衣香(うえだ えいこ)さんによるウェディングドレス「和ドレス」
藤依里子さん

日本の文様の研究家の藤依里子(ふじ えりこ)さんに、日本の文様の歴史や特徴について話を伺った。

水の流れを表現したと考えられる文様が描かれた縄文時代の土器(九州国立博物館所蔵) (直径32.5センチメートル、高さ43センチメートル)

日本の文様の歴史を教えてください。

日本の文様の歴史は縄文時代*に作られた土器に描かれたものが始まりと推定されています。縄文時代の壺や皿といった土器には人の爪、貝殻、縄などを使って様々な文様が付けられています。例えば、渦巻きや波のような曲線的な文様、三角形が連続する幾何学的な文様、縄目の文様といったものです。

古墳時代(3世紀末から7世紀)には古代のエジプト、ギリシャ、中国など海外を起源とする様々な文様が日本に伝わりました。例えば、6世紀半ばに仏教が伝来すると、仏教に関連する文様が広がります。その一つが、仏教を象徴する植物であるハスの花、葉、実を図案化した文様です。ハスの文様は、寺院の建築装飾、仏像の台座、仏具などに施されました。

平安時代(8世紀末から12世紀末)には、海外を起源とする文様を日本風にアレンジした文様がつくられるようになります。例えば、花、草、リボンなどものを嘴(くちばし)で咥(くわ)えた鳳凰**やオウムなどの鳥を描いた文様は古墳時代に日本に伝わりましたが、平安時代にはそれがマツの枝を咥えたツルの文様へと変わっていき、鏡や蒔絵(まきえ)***の箱に描かれるようになりました。日本でマツやツルはいずれも長寿を象徴するものだからと考えられます。

マツの枝をくわえたツルの文様が描かれた「松喰鶴蒔絵螺鈿二階厨子(まつくいづるまきえらでんにかいずし)」(19世紀)(東京国立博物館所蔵)

平安時代に日本の伝統的な文様の基礎がつくられた後、文様は多様さを増し、着物、漆器、陶磁器、建物などあらゆるものに施されるようになります。

日本の伝統的な文様には、主にどのような種類があるでしょうか。

日本で種類が最も多いのは、「植物」を図案化した文様です。春のサクラやウメ、秋のキクやモミジ****は着物の文様として定番です。古墳時代に日本に伝わった「唐草文(からくさもん)」は葉や茎が絡まったつる草を図案化したもので、物を包む布である「風呂敷」*****の文様として馴染み深いです。唐草文とキク、ボタン、ブドウなどの文様とを組み合わせた文様もあります。

風呂敷の唐草文(からくさもん)

キリの葉や花の文様も、最も有名な植物の文様の一つです。平安時代から使われ始め、皇室や武将の紋章として用いられました。現在は、日本政府の公式の場において使用される場合もあります。

植物の文様は、17世紀初頭から約260年間続いた江戸時代に増えました。この時代、大きな戦乱がほとんどなく、社会が安定したので、様々な文化、産業、技術が発展しました。園芸も発展し、観賞用に栽培される草花が増加したのに伴い、文様も増えたのです。例えば、夏に花を咲かせるアサガオの栽培が19世紀に大流行し、夏の着物の文様としても人気となりました。

文様となっている植物には、ただ単に美しいものだけではなく、薬効があるものが多いと私は感じています。キク、キリ、アサガオも民間療法の薬として使われていました。人々は植物の文様を通じて、生きるための知恵を伝えようとしたのかもしれません。

植物以外にも、鳥、魚、貝、昆虫など「生き物」を描いた文様も数多くあります。生き物の文様には、クマやオオカミといった猛獣は少なく、人が身近で目にすることができる生き物が多いように思えます。日本では人や生き物が何度も生死を繰り返す「輪廻転生(りんねてんしょう)」という仏教思想が古くから信じられてきました。この思想によれば、必ずしも人が人に生まれ変われるわけではありません。文様に身近な生き物が多いのは、人に生まれ変われないとしたら、せめて人に身近な生き物に生まれ変わりたいという願いからではないかとも感じます。

着物の帯に施されたチョウの文様

その他、どのような文様があるでしょうか。

月、星、雷、山、川、波など「自然」を図案化した文様があります。有名な文様の一つが、「青海波文(せいがいはもん)」です。扇のような形をした波を規則的に繰り返して描いた文様です。古代ペルシャを起源とし、シルクロードを経て、日本に伝わったと言われます。無限に広がる波に、未来永劫(みらいえいごう)の幸福という願いが込められています。

塀の装飾に使われるデザインとして馴染み深い、波型の青海波文

ユニークな文様としては、江戸時代に生まれた「役者文(やくしゃもん)」が挙げられます。「役者」とは歌舞伎役者を意味します。歌舞伎役者が、自らの印として使ったことが、その名の由来です。役者文の一つが、「市松文(いちまつもん)」です。二色の四角形を交互に並べたこの文様は、海外でも同様のものがありますが、日本では18世紀に活躍した歌舞伎役者の佐野川市松(さのがわ いちまつ)が衣装に用いたことから、この名がつきました。浮世絵師である喜多川歌麿(きたがわ うたまろ)(1753-1806年)の代表作の一つ、「ポッピンを吹く娘」に描かれた女性の着物も市松文です。

市松文の着物を着た女性を描いた喜多川歌麿による浮世絵「ポッピンを吹く娘」(東京国立博物館所蔵)

また、語呂合わせ、言葉遊びを踏まえて作った文様も非常に多いです。例えば、平安時代に中国から薬用、観賞用として伝来したと言われる「南天(ナンテン)」という植物の文様です。ナンテンは「難(なん)を転(てん)じる」(災難から逃れる)という語呂合わせから、縁起の良い植物とされました。正月の飾りとして使われたり、魔除けとして庭に植えられたりするだけでなく、文様としても様々なものに施されています。

南天の文様が描かれた椀

その他にも、船などの乗り物、龍などの伝説の動物、楽器など実に多種多様なものが文様となっています。

海外から来日する外国の方々に、どのような場所で文様を見つけることができるかアドバイスをお願い致します。

現代においても、日本の様々な物や場所に文様は使われています。染織や陶磁器、あるいは城、神社、寺院などの建物の屋根や壁に伝統的な文様を見つけることができます。

意外に気づかないのが、日本の貨幣や紙幣に描かれている様々な文様です。例えば、50円貨幣にはキクの花、100円貨幣にはサクラの花、500円貨幣にはキリの文様があります******。1000円紙幣の裏にもサクラの花が描かれています*******。日本で手にされたら、是非、見ていただければと思います。

伝統的な文様は現代社会の中でも様々な形で生かされています。室内装飾として、壁紙や床のタイルに伝統的な文様を施した宿泊施設も最近は増えています。また、街中の塀やマンホールのふたなどにもさりげなく文様が施されていることもあります。街中を散歩しながら文様探しをするのも楽しいでしょう。

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会のエンブレムは市松文をモチーフにしていました。裾の長い西洋ドレスに、伝統的な日本の文様を施した「和ドレス」という結婚式用のドレスもあります。日本の文様は、変化しながら社会に受け継がれているのです。

富貴繫栄を象徴するボタン(牡丹)の花などの文様をあしらったデザイナーの上田惠衣香(うえだ えいこ)さんによるウェディングドレス「和ドレス」

日本人はこれまであらゆるものをモチーフにして、多種多様な文様をつくりだしてきました。そうした文様には人々の様々な願いが込められています。これからも私は、日本の豊かな文様の文化を国内外の人々に伝えていきたいです。