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December 2022

日本の文様の源流「有職(ゆうそく)文様」

  • 有職文様(尾長鳥丸(おながどりのまる))などが織り出された現代の着物の帯
  • 貴族階級の女子の正装である十二単。背後のひし形の文様が朽木形(くちきがた)。調度品も含め、全て有職文様で装飾されている。
  • 有職文様「小葵」(こあおい)(上部)が描かれた宮中の菓子入れ
  • 尾長鳥丸
  • 朽木形
  • 小葵
有職文様(尾長鳥丸(おながどりのまる))などが織り出された現代の着物の帯

日本で王朝文化が栄えた平安時代(8世紀後半~12世紀末)以降、貴族階級で用いられてきた伝統的な文様「有職(ゆうそく)文様」を紹介する。

尾長鳥丸

日本において、数ある文様の中でも、特に公家*の装束や調度品或いは建築に用いられてきた「有職文様」は優美で格調高く、日本で発展した様々な文様の源流となっている。「有職」とは、朝廷や公家が執り行う儀式や行事などに関する知識や決まりごとなどのことで、有職文様は、この決まりごとに従って、貴族階級の正装である、男子用の束帯(そくたい)**や、女子用のいわゆる十二単(じゅうにひとえ)***、机や棚、硯箱(すずりばこ)などの調度品、人が担ぐ輿(こし)や牛車(ぎっしゃ)などの乗り物、また建築などの装飾に用いられてきた。

そのモチーフは、自然の風景や動植物が多く、連続文様や、文様を円や四角形の中に収めた定型文様に特徴がある。例えば、湯気が沸き立つように連続する曲線に雲や桜の花、梅の花などをあしらった「立涌(たてわく)」、冬葵(ふゆあおい)という植物をモチーフとしたともされる「小葵(こあおい)」、円の中に花や蝶を表現した「臥蝶丸(ふせちょうのまる)」などが代表的な有職文様だ。連続紋は「続く」ことから縁起が良いとされ、特に繁殖力の強い水草である菱(ひし)の連続文様は、子孫繁栄の願いを込めて装束の下着によく用いられたという。

有職文様「小葵」(こあおい)(上部)が描かれた宮中の菓子入れ
小葵

有職文様の直接的なルーツはササン朝ペルシャで、アジア大陸を経て日本に伝わったと言われている。先述の立涌文様は、さらに遡って古代エジプトや古代ギリシャの「パルメット文様」****に由来するという。「典型的な日本の文様だと思われている有職文様ですが、よく見ると異国的な形でもあり、それが面白い。現在世界各地で使われている伝統的な文様も、その原型の多くは古代オリエントに由来する。世界は文様で繋がっている」と語るのは、有職文様に詳しく、伝統的な装束(しょうぞく)の研究・普及活動に取り組んでいる「綺陽(きよう)装束研究所」の主宰者、八條忠基(はちじょう ただもと)さんだ。

八條さんによると、有職文様は大陸由来の文様の一部分を取り入れたり、また、日本風にアレンジをするといったことを繰り返して、日本独特の変化を遂げていったという。その過程で、日本人の感性に合わないモチーフは次第に姿を消していったのだという。

貴族階級の女子の正装である十二単。背後のひし形の文様が朽木形(くちきがた)。調度品も含め、全て有職文様で装飾されている。
朽木形

「大陸で好まれていた四足獣の文様がほとんどなくなりました。一方、空を飛ぶことに憧れがあったのでしょうね、鳥と蝶が好まれ、一対で使われることが多いのが日本の特徴です」と八條さんは言う。

この例のように、日本独自の有職文様が徐々に整っていった。ほかにも、連続紋を地の文様とし、その上に定型文様を重ねる「二重織(ふたえおり)」の表現や、連続紋を部分的に切り取って使う「破(や)れ」、二つの定型文様を組み合わせてカジュアルな印象にする「比翼文(ひよくもん)」手法は、日本独特のデザインだ。また、枯れて腐食した朽木の表面に浮かび上がる木目を文様にした「朽木形(くちきがた)」は、日本で生まれた有職文様として知られる。枯れ木に美しさを見出すこの文様には、自然を大切に思う日本人の感性が象徴的に表れている。

さらに、有職文様は、今日まで、およそ1000年以上にわたって受け継がれていく途中で、家紋(参照)や、江戸時代(17世紀初頭〜19世紀後半半ば)には細かい文様を散らした「小紋」が派生するなど、日本の文様の源流となってきた。現在でも、有職文様は、一般には、和装の帯などフォーマルな装いに多く用いられている。はるか古代オリエント、さらには古代エジプトや古代ギリシャにルーツがある紋様が日本に伝わり、日本独自のデザインとなって今日まで息づいていること、それ自体に有職文様の高い価値があると言えるかもしれない。

有職文様の例:左から梅の立涌、幸菱、雲の立涌、臥蝶丸、小葵