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November 2022

ガラスの中に浮かび上がる金色の伝統文様

  • 山本茜作「一葉舟(ひとはぶね)」(大英博物館所蔵)(高さ5.8センチメートル、幅27.8センチメートル、奥行8.9センチメートル)
  • 山本茜作 源氏物語シリーズ 第四十五帖「橋姫(はしひめ)」(個人蔵)(高さ11.3センチメートル、幅49.5センチメートル、奥行10.8センチメートル)
  • 山本茜さん
  • 山本茜作 源氏物語シリーズ 第二十四帖「胡蝶(こちょう)」(個人蔵)(高さ24.4センチメートル、幅27.0センチメートル、奥行9.1センチメートル)
  • 山本茜作 源氏物語シリーズ 第三帖「空蟬(うつせみ)」(個人蔵)(高さ19.0センチメートル、幅44.0センチメートル、奥行24.0センチメートル)
山本茜作 源氏物語シリーズ 第二十四帖「胡蝶(こちょう)」(個人蔵)(高さ24.4センチメートル、幅27.0センチメートル、奥行9.1センチメートル)

伝統的な装飾技術「截金(きりかね)」によって描いた様々な文様をガラスに封じ込める「截金ガラス」という新たな独自の芸術分野を確立した山本茜(やまもと あかね)さん。ガラス越しに浮かぶ繊細な伝統文様が金色の輝きを放つ。

山本茜さん

截金とは、細く切った金箔などを貼り付けて文様を描く装飾技法である。その技法は極めて繊細であり、金、銀、プラチナなどの箔を何枚か重ねて、髪の毛より細い線状に、あるいは数ミリの方形に切って、それらを、筆と接着剤で貼り付けて、細密な文様を描く。その伝統は古く、もともと仏像や仏画を装飾するために用いられた。この截金文様をガラスに閉じ込めたのが「截金ガラス」であり、それを新たな芸術分野の一つとして確立したのが、山本茜さんだ。

山本さんは、石川県金沢市に生まれ、京都市立芸術大学で日本画を学んだ。昔の仏画を模写していた学生時代に截金に魅了され、在学中から、後に重要無形文化財保持者(人間国宝)となる截金師の江里佐代子(えり さよこ。1945〜2007年)さんに師事した。

山本さんは、截金の技術を習得した後、「装飾としてではなく、截金を主役にした作品を作りたい」、その思いに突き動かされる。表現法を試行錯誤する中で、截金そのものを“空間に何らかの方法で浮かせる”ことを思いつく。しかし、截金の素材の金箔*などは非常に薄く、空間に浮かそうにも、固定が難しくてちぎれやすく、思うようにはいかなかった。その解決策となったのが「透明なガラスに截金を封じ込める」ことだった。実は、山本さんは、当時、独学でガラスづくりを始めていたが、より専門的な技術を身につけるため、富山ガラス造形研究所に入学し、一からガラスについて学んだ。

山本茜作「一葉舟(ひとはぶね)」(大英博物館所蔵)(高さ5.8センチメートル、幅27.8センチメートル、奥行8.9センチメートル)

こうして生まれたのが「截金ガラス」だ。型に流して成型したガラスの塊に截金を施し、その上に別のガラスを重ねて再び熱を加えて溶着させ、截金をガラスに “浮かせる”のだ。しかし、成形用の窯(かま)の温度や冷却時の熱管理の段階で、截金が歪んだり溶けたり崩れたり、更にはガラスの研磨中にガラスが割れてしまったり、完成までには、いくつもの困難が潜(ひそ)んでいて息を抜けない。1年以上かけて作った作品が最後の段階で失敗してしまうことも、しばしばあるという。そんなに大変な思いをしてもなお、截金ガラスを作り続けるのは、自分が自身の作品に感動するからだ。

「どれだけ計算して作っても、自分では予想もしていなかった截金の見え方が生まれることがあります。神様が魔法をかけてくれたのかなと思うほど。それまでの大変さなんて吹き飛んで、またすぐに新しい作品を作りたいと力が湧くほどです」

山本茜作 源氏物語シリーズ 第四十五帖「橋姫(はしひめ)」(個人蔵)(高さ11.3センチメートル、幅49.5センチメートル、奥行10.8センチメートル)

作りたい作品のイメージが次々と頭に降ってくるという山本さん。中でも、王朝文化が栄えた平安時代(8世紀末~12世紀末)中期の11世紀初頭、紫式部が著した長編小説『源氏物語**』の世界をモチーフにした作品のシリーズは、ライフワークである。

「平安時代の宮廷文化を今に伝える『源氏物語』と、それが書かれた時代に盛んに用いられた截金とには共通する雅びやかなる美があると感じています。私は、『源氏物語』五十四帖各帖の心に残ったシーンを一つずつ表現したいと思っています。それは、過去に、自分なりの「源氏物語絵巻」を描きたいと思って日本画家を志した自分の思いとも合っています」とシリーズへの思いも強い。

山本茜作 源氏物語シリーズ 第三帖「空蟬(うつせみ)」(個人蔵)(高さ19.0センチメートル、幅44.0センチメートル、奥行24.0センチメートル)

山本茜の手から生まれ、山本茜にしか表現できない截金ガラスの世界は、師とする人がいない中で、唯一『源氏物語』だけが彼女を導いてくれると言う。

2011年に京都に工房を構えて以来、そこから生み出される作品は、数々の賞を受けるとともに、国際的にも評価され、2019年に作品の中から「一葉舟(ひとはぶね)」が、ロンドンの大英博物館に収蔵された。

山本さんの作品は、見る位置や角度、そしてガラスに差し込む光の加減によって、截金が様々な表情で浮かび上がることが魅力だ。ガラス越しに見る截金が放つ黄金の光に魅せられる人も多いという。かつて平安時代に、主に仏像の装飾技法だった截金は、山本さんによって、今や主役となって、仏像のように現代人の心を癒しているのかもしれない。

* Highlighting Japan 2022年10月号「金沢の金箔」参照 https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/202210/202210_06_jp.html
** 11世紀初め完成。前半は光源氏を主人公に当時の貴族の華やかな生活を,後半はその子薫大将の恋を描く。