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June 2022

宇宙データの活用で効率的に米を栽培

  • 衛星データを利用して栽培された「宇宙ビッグデータ米」
  • 衛星データを利用して栽培された「宇宙ビッグデータ米」
  • 天地人のCOO(最高執行責任者)で現役のJAXAエンジニアの百束泰俊さん
  • 農林水産大臣賞を受賞した櫻庭康人さん(右)(内閣府「宇宙開発利用大賞」の賞の一つ)
衛星データを利用して栽培された「宇宙ビッグデータ米」

地球観測衛星のデータを活用し、昨今の気候変動にも対応した新たな米作りの方法を日本の宇宙ベンチャー企業が開発し、国内外で注目を集めている。

衛星データを利用して栽培された「宇宙ビッグデータ米」

日本列島に稲作が伝わったのは今から3000年あまり前のこととされている。それ以後、日本人は長い時間をかけて稲の品種や栽培方法の改善に取り組んできた。現代の日本の人々が美味しい米を食べられるのは、これまでの先人たちの長年の努力の賜物と言っても過言ではないだろう。さらに、最近、まったく新たな手法で日本の米作り農家の支援を始めたのが、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)認定の宇宙ベンチャー、株式会社天地人である。

「日本の農業は、近年、高齢化による人手不足や地球温暖化がもたらす気候変動など大きな課題に直面しています。われわれは、こうした問題を、地球を周回する人口衛星(以下「衛星」)から得られる膨大なデータを活用して解決しようとしています」と天地人のCEOを務める櫻庭康人(さくらば やすひと)さんは語る。

もともと農業IoT*分野の仕事をしていた櫻庭さんが、衛星の観測データに注目するようになったのは、JAXAのエンジニア、百束泰俊(ひゃくそく やすとし。現在は天地人のCOOも務める)と出会ったのがきっかけだった。「衛星をビジネスに役立てたい」と意気投合した二人は、JAXAの創業支援制度を利用して2019年5月に天地人を設立し、“宇宙ビッグデータ米”の栽培に乗り出したのだ。

この創業支援制度とは、JAXAの知的財産や知見を利用した事業をJAXAが認定して支援するもので、JAXA職員が出資してベンチャー企業を設立する。これまで9社が創業している(2022年6月現在)。

天地人のCOO(最高執行責任者)で現役のJAXAエンジニアの百束泰俊さん

櫻庭さんは言う。「日本の米の品種は、主食にするものだけでも約300種類もあり、それぞれ栽培に適した気象条件は異なります。私たちがまず行ったのは、衛星が観測した気温や降水量、地表温度などの膨大なデータを解析して、それぞれの品種を栽培するにはどの地域の農地が最適なのかを探し出すことでした」

天地人は、衛星による気象情報、地形情報等の宇宙ビッグデータを活用して米の品種と栽培場所の最適なマッチングを選択する。そして、その適地における米の栽培において、IoTを駆使した水田用「IoT水門」を、衛星データと連携させて自動で水温管理を行う米の生産事業が認定されたのだ。

農林水産大臣賞を受賞した櫻庭康人さん(右)(内閣府「宇宙開発利用大賞」の賞の一つ)

実際に契約農家による稲の栽培は、2021年に始まった。その際、手間のかかる水の管理は、農家自身ではなく、提携する別のIT企業が衛星データなどを活用して自動で管理するシステムを導入した。これは、例えば例年にない暑い日が続いた時、衛星データの解析等から稲に高温障害が起こる危険性を察知すると、水田には自動的に水が流れて土や水の温度を適正に保ってくれる。水田の水温管理を農家自身がせずに済むようになり、農作業にかかる労力の大幅な節減につながった。また、農地に適した品種の稲を安定して生育できるため、収穫される米の品質も高いものとなる。

こうしたシステムと管理の下で育てられた米は2021年秋に初めて収穫され、その年の12月、「宇宙ビッグデータ米」として販売が始まった。専門家から「タンパク値や水分値などから計られる食味値**からみても、収穫量も、期待以上の米ができた」と品質の高さを評価され、一般消費者からも「ふっくらして食感がよく、とてもおいしい」といった反響があり、好評だったという。

「宇宙ビッグデータ米は予想以上に好評で、発売間もなく倉庫の在庫がなくなってしまうほどの人気でした。私も自分で炊いたり、そのお米によるおにぎりを専門店に出かけて食べてみたのですが、本当に美味しかったですよ」と櫻庭さんは笑顔で話す。

天地人は、2022年3月には日本政府から「農林水産大臣賞」を受賞した(内閣府「宇宙開発利用大賞」の賞の一つ)。

櫻庭さんによると、衛星データから農地に関してその土地のピンポイントな気象などを解析する大きなメリットの一つは、日本国外であっても、それぞれの地域や農地に適した品種を容易に見いだすことが日本国内と同様に可能なことだ。最近の日本食ブームもあって、海外でも、日本と同じような品種米を作りたいと考える農家も増えている。農家の手間を省き、気候変動にも対応できる新たな米作りは今、日本国内はもとより、日本とは気象や地理条件の違う海外においての品質の高い米づくりの可能性を拡大するものとして、多方面から注目を集めているという。

* Internet of Thingsの略。インターネットで人とモノがつながることで、様々な知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すとされる。
** お米の中に含まれるタンパク質やでんぷんの量、水分の量などの成分を計測・分析し、おいしさを100点満点で数値化したもの。

宇宙ビッグデータを活用した土地評価エンジン『天地人コンパス』。世界中の1キロメートル単位の細かい地表面温度データや10キロメートル単位の降水量データを直感的に見ることができ、観測が難しい土地の環境を評価が可能だ。