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  • 京扇子
  • 京都を拠点とする日本画家の定家亜由子(さだいえ あゆこ)さんとのコラボレーションによる京扇子
  • 伝統的な宮廷装束に欠かせない桧扇
  • 祇園祭の山鉾巡行で音頭取りが持つ扇子
  • 伝統技術を伝承する宮脇賣扇庵の熟練した職人の手わざ

August 2021

用と美の京扇子

京扇子

日本の蒸し暑い夏には古くから、穏やかで涼やかな風を起こす扇子が使われてきた。その中でも、「京扇子」は繊細な作りに特徴がある。

京都を拠点とする日本画家の定家亜由子(さだいえ あゆこ)さんとのコラボレーションによる京扇子

竹や木の骨組みに紙を貼った扇子は、軽くて小さく、折りたたんでカバンやハンドバッグに入れて持ち運べる。涼が欲しい時に取り出し開き、そよ風を吹かす。その高い携帯性と至便性から、日本において扇子は、長い時代にわたり、人々が持ち歩いてきた夏の道具だ。

日本国内にはいくつかの扇子の産地があるが、なかでも京都産のものは「京扇子」と呼ばれる。それは、手触り、開き具合、使い勝手の良さに加え、扇面には古い時代に創作された多彩なオリジナルの手描きの絵が用いられ、「用と美」が一体的に表現されたものとして知られている。創業1823年の株式会社宮脇賣扇庵(みやわきばいせんあん)の8代目当主、社長で京都扇子団扇商工協同組合の理事長も務める南忠政さんは、京扇子の特徴を次のように語る。

「原材料に京都府及び近隣産の材を用い、京都府内で職人が作るものを『京扇子』と言います。閉じたときに先端が細くなるのが京扇子の特徴で、トンボなど、季節を感じさせる花鳥風月の柄を手描きで絵付けしたものが好まれていますね」

伝統的な宮廷装束に欠かせない桧扇

扇子の起源は、木片を綴じて文書として使われた「木簡(もっかん)」とされ、その形状からヒノキの薄い板で作られた扇「桧扇(ひおうぎ)」が派生、誕生した。現存する最古の桧扇には、877年の年号(元慶元年)が記されているという。平安時代(8世紀末~12世紀末)からの朝廷における女性の正装、いわゆる十二単を身に着けた際は、桧扇を持つことが正式であった。紙を貼った扇子が作られるようになったのは10世紀頃で、13世紀頃には中国に輸出され、やがてヨーロッパに伝わり、西洋の扇子となったことが文献から読み取れるという。

現在では、絹布を貼ったものや、白檀など香木を薄く削ったものも作られているが、京扇子は1枚の紙に細い竹の骨組を差し込んで作るものが主流である。竹を削るところから始まり、紙の加工、仕上げの成形まで、実に87の工程を高度な分業で職人たちが担う。

「現在、扇子は実用的で日常に使うものが主となっていますが、もともとは宮中の儀式などに用いられていたものです。今でも、扇子は儀礼、祭典の持ち物で欠かせないものです」と南さんは言う。

祇園祭の山鉾巡行で音頭取りが持つ扇子

一般に、日本では扇子を開いた形は「末広がり」、つまり末(ゆく先々)に向かって広がることから縁起が良いとされ、結婚式を和装で行う場合、扇子は新郎新婦必須の持ち物である。

扇子は、京都で7月の一か月間にわたり行われる「祇園祭」でも目を引くものである。祇園祭の見どころは、33基の豪華な「山鉾(やまほこ)巡行」で、扇子を手にした音頭取りの指揮のもと、山鉾40~50人に曳かれて、京都の町中を巡る。

近年、扇子は、若者たちの間でも見直されている。宮脇賣扇庵も、ファッションブランドとコラボレーションした若い世代向けの扇子の創作などを行っている。「新しい感覚を取り入れるのと同時に、職人を育成し技術を伝承するのも私たちの務めと思っています」と南さんは語る。

伝統技術を伝承する宮脇賣扇庵の熟練した職人の手わざ

千年を超える歴史と伝統を守る京扇子は、今もなお、用と美を磨いて、日本の夏を華やかに彩り続けている。