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  • 能島流の「鰡飛(いなとび)」
  • 小池流の、傘と扇子を持ったままでの泳ぎ
  • 能島流の「舞鶴」
  • 小堀流の、甲冑を身に付けての泳ぎ
  • 小池流の、扇を持っての団体演技

August 2021

日本の伝統的な泳法

小池流の、傘と扇子を持ったままでの泳ぎ

武芸として発展した「日本泳法」は、現代の競泳とは異なり、数百年にわたって伝承されてきた日本独自の泳ぎ方であり、様々な年代に親しまれている。

能島流の「鰡飛(いなとび)」

四方を海に囲まれた日本では、太古の昔から人々は海に潜って魚貝類を獲ってきた。つまり、泳ぐことは日々の生活で欠かせない技術だった。

やがて、内戦が続いた戦国時代*(15世紀末から16世紀末)になると、泳ぎは武士の戦いにも活用されるようになった。内戦が終結して江戸時代(17世紀初頭~19世紀末)には、武士のたしなむ武芸の一つ、「水術(すいじゅつ)」として体系化されていくことになる。日本泳法はこうした水術をルーツとし、数百年にわたって伝承されてきた日本独自の泳ぎ方を言う。

公益財団法人日本水泳連盟で日本泳法委員会の委員長を務める山根一寿さんによると、日本の水術は16世紀ごろから西日本を中心に発展してきたものだという。

能島流の「舞鶴」

「戦が相次いだ当時、川を挟んでの戦い、海上や海岸近くでの戦いなどもあり、泳ぐことは、武士にとっても身につけなくてはならないことでした。特に、瀬戸内海が海上交通の戦略的拠点だった西日本は、制海権が重要でした。海は戦場でもあったのです。瀬戸内海の能島(のしま)には、海賊を束ねた有名な村上水軍の本拠地もありました。当時の泳ぎ方は、荷物を濡らさずに泳ぐ、甲冑を着たまま泳ぐ、水中から船べりに飛び上がる、潜る、水面から伸び上がって遠くを見るといったもので、平泳ぎや立ち泳ぎが主だったと考えられています」と山根さんは言う。

「海外の方には、忍者映画で時々出てくる、水中に長い時間潜むシーンを思い出していただくとよいでしょう。忍者は水中にひそむ訓練を日頃からしていましたが、武士たちも皆、水中での戦いに備えたり、戦いのための武器弾薬、食糧を水に濡らさず運ぶ技術などを日頃から鍛練していたのです。そこで、平泳ぎは目的地を見ながら水の流れを利用して省エネで泳いだり、立ち泳ぎは数人が共同して物を運ぶなどに適していました」

小堀流の、甲冑を身に付けての泳ぎ

17世紀になり、江戸時代となって徳川幕府が開かれ、平和な時代が来ると、水術も他の武芸と同じように精神性を重視するようになり、多くの流派が生まれた。その後、19世紀に徳川幕府が滅んで江戸時代が終わり、武士階級がなくなったことで、水術の武芸としての伝承はいったん途絶えた。しかし、水術の流れを引き継ぐ、言わば今日のスイミングスクールのような水練場や水練学校が各地に設立されていった。これらは、当時としては子供の水難事故防止に大いに役立ったという。

現在、日本水泳連盟が日本泳法として認定している流派は13あり、年に一度、すべての流派が参加する日本泳法大会が開催されている。今年で第66回を迎えるこの大会では、様々な泳ぎ方で競う泳法競技がある。横体泳法で100メートルの速さを競う競泳や、鉄アレイを掲げて立ち泳ぎの持続時間を競う競技などが実施されている。

一方、武芸として発展した日本泳法は、タイムレースである競泳とはまったく異質なものと一般には考えられてきた。ところが、競泳4種目のなかでも、平泳ぎの動作は、一つ一つの動きを大切にする日本泳法の考え方と共通するところが多く、オリンピックの平泳ぎで日本選手が多くのメダルを獲得してきたのはそのためだと考える人もいる。また、アーティスティックスイミングには、立ち泳ぎやあおり足といった日本泳法独特の技術が生かされていて、能島流(のじまりゅう)の泳ぎを教える浜寺水練学校(大阪府堺市)からは大勢のオリンピック選手が輩出している。

小池流の、扇を持っての団体演技

「日本泳法の競技大会は、今ではプールで開催していますが、日本泳法の技術は本来、海、川、湖など自然の中で実践されるものです。実は、大海原で泳ぐ際、競泳の泳法だとすぐに疲れてしまいますが、波やうねりもうまく利用する日本泳法なら、長時間にわたって泳ぎ続けることができます。たとえば、夏の海で夕陽を眺めながらのんびり泳ぐような時に、日本泳法の技術はぴったりなんですよ」と山根さんは話していた。

日本泳法では、資格審査でもタイムを競うことはない。また、上級者には、型ばかりでなく水との一体感なども求められる。日本泳法が生涯スポーツとして幅広い年齢層の人々に愛される理由もこのあたりにあるのだろう。

* 幕府の権威が失墜し、日本全国に様々な群雄が割拠し、戦乱が頻発した時代