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  • 左:スギの木から造ったお酒の試作品、中央:シラカバの木から造った試作品、右:サクラの木から造ったお酒の試作品

July 2021

木から香り豊かなお酒を造る

左:スギの木から造ったお酒の試作品、中央:シラカバの木から造った試作品、右:サクラの木から造ったお酒の試作品

木材を飲用アルコールへと発酵させる技術が開発中である。飲用の安全性が確認されれば、国内各地の多様な木の香りを特徴とする地酒の商品化が可能になりそうだ。

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所(茨城県つくば市)では、木を原料として、その木特有の香りに富んだ飲用アルコールを製造する技術を開発した。この背景には、木材価格の低迷や建築用材に不向きな未利用材の有効活用などの課題があり、これを解決して山村地域の新たな産業振興や雇用の創出など、地域経済の活性化に森林資源を活かす方策の一環として研究が行われている。

当初、この研究が目指したのは、木材からメタンガス燃料やバイオエタノールを製造する技術開発だった。バイオエタノールは水酸化ナトリウムを使った薬剤処理や熱処理で木材から製造される燃料用アルコールだ。飲用アルコールは、果実や穀物などの糖分から酵母による発酵で造られる。木も半分ほどはセルロースと呼ばれる糖分を含む炭水化物であるが、それは、細胞壁の中でリグニンという成分で硬く固められている。通常、細胞壁の分解には薬剤処理や熱処理が必要であるが、これらの処理をして生産されたアルコールは、燃料以外に使うことが困難なものになってしまい、飲用には適さないという。

そこで、研究チームが新たに開発したのは、木材の薬剤処理や熱処理を必要としない「湿式ミリング処理」という技術だ。木粉と水を混ぜて食品加工用の「ビーズミル」という高速回転装置に投入し、木の組織を粉砕する。これによって木材がナノレベル(1000分の1ミリ以下)にまで粉砕できるようになり、薬剤処理や熱処理なしに細胞壁の中に埋め込まれたセルロースを露出させることに成功したのだ。

「この技術を用いることで、細胞壁の厚さを砕いてリグニンに塗り固められたセルロースを微生物が食べられる状態に露出させることが出来ます。すなわち薬剤や熱処理なしに糖化と発酵が可能になるのです。そのため、当初は、木材をメタン発酵したりアルコール発酵したりして、木材からメタンガス燃料やバイオエタノールを製造する試みを重ねていました」と森林総合研究所研究チームの大塚祐一郎さんは語る。

湿式ミリング処理によってクリーム状になった物質に、食品添加用の酵素や酵母を加え、タンク内で2~4日発酵させたところ、アルコール度数約2パーセントの琥珀色の原液ができた。さらにこの発酵液を蒸留し、アルコール度数28〜30パーセントの蒸留物を取り出したところ、原料の木特有のかぐわしい香りを放っていた。

この方法で、アルコール飲料を造れないか…、そんなアイデアが生まれたのはこの時だった。

「湿式ミリング処理は、その装置が食品加工に利用されていて、加える材料もすべて食品用の添加物です。そこで、発酵によって木材からエネルギー製造ではなく、新たな利用分野が開拓できるのではないかと考えました。その結果、原料樹木特有の香りに富んだアルコールの試験製造に挑戦し、成功しました。これは、直径30センチメートル、長さ4メートルのスギを原料とした場合、アルコール度数35パーセントの「木の蒸留酒」(750ミリリットル)をおよそ50本造ることができる計算となります」と大塚さんは言う。

スギを発酵させた液の蒸留物からは、スギ材特有のスッキリとした香りが感じられた。シラカバで試してみると、甘く熟した芳醇な香りが生まれた。この香り成分を分析してみると、ウイスキーやブランデーを長期間樽熟成した際にできる熟成香の成分が含まれていることがわかった。

ほかにも、サクラやミズナラ、クロモジなどでも実験していて、それぞれ味や香りが異なることから、地域の特産品になる可能性が出てきている。

同研究チームの野尻昌信さんは、この技術に大きな期待を寄せている。

「日本国内の樹木種は1200種とも言われています。木からおいしいアルコールを造りだす技術が実現できれば、日本各地の特徴的な樹木を用いた新しい『地酒』が生まれます。今後の研究によっては、新たな効能成分が見つかるかもしれません。付加価値の高い地域特産品が生まれることで、国内の林業振興につながってほしいですね」

木を原料としたアルコール飲料が商品化されれば「世界初」となる。酒造会社などからは、製造法について問い合わせが相次いでいるという。ただし、現段階(2021年7月)では、まだ試験製造の段階である。しかし、木から醸造されるアルコールを飲むことの安全性が確認されれば、製造が加速され、販売が始まると考えられる。やがて、お米のアルコール飲料に続いて、日本の新しい木のアルコール飲料が世界中で賞味される時代がくるかもしれない。

木のお酒の製造プロセス (最新の標準的な製造手順) (Otsuka et al., 2020)