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  • 實川欣伸さん
  • 實川さんと妻の美樹さん
  • 富士山
  • 富士山頂から見えた虹(實川さん撮影)

February 2021

ミスター富士山

實川欣伸さん

日本の最高峰である富士山に魅せられ、これまで二千回以上登り続けた一人の男がいる。御年77歳。人は彼を「ミスター富士山」と呼ぶ。

富士山

2021年の夏に78歳になる實川欣伸(じつかわ よしのぶ)さんは、これまで、標高3776メートルの富士山に2060回登頂している。富士南麓の静岡県沼津市に住む彼は、42歳の時、初めて家族5人で山頂に登り眼下に広がる雲海の風景に感動した。それが富士登山の始まりだった。

小さい頃から野山が大好きだった實川さんは、社会人になると会社の山岳部に入り、トレッキングやキャンプを楽しんだ。彼が勤めた会社が受け入れる多くの海外の研修生に請われ、車で一緒に富士山の五合目まで行き山頂を目指すようになった。そんな富士登山を繰り返すうち、實川さん自身が富士山の魅力に引き込まれ、年間248回の登頂や75日間連続1日2回の登頂などを経験しながら、これまで2060回、富士山の頂に立ってきた。實川さん以前の最多登頂記録は、戦前に活躍した富士登山の案内人の1672回である。2011年には、その年に達成した1111回登頂の超人的な偉業を称えられ、日本山岳会会長特別表彰を受賞した。

「1日に2度、山頂まで登るようになったのは仕事を辞めてからのことです。私を見かけた登山客が、“午前中に頂上で見かけた年配のおじさん”が、午後にはまた五合目から登ったりするものですから、びっくりしていましたよ」と實川さんは嬉しそうに笑う。

實川さんの「1日に2度」の登山は、こうである。自宅から車で五合目まで行き、午前8時頃から登山を開始、3時間ほどで1回目の登頂を終え1時間半ほどかけて五合目に引き返し、おにぎりやパンの簡単な昼食を済ませ、再び頂上を目指す。一般の登山客が1泊2日で歩く行程を9時間ほどで倍の2往復する。こうして退職直後の2008年には年間248回の最多登頂記録を作った。その頃、アメリカのMLB(メジャーリーグベースボール)で活躍、年間連続200本安打記録を更新していたイチロー選手が話題となっていた。イチローの記録更新に刺激された實川さんは、年間200回以上の登頂に挑戦し、6年連続でそれを果たした。

實川さんと妻の美樹さん

その後、世界七大陸最高峰の制覇にチャレンジし始めた。また、東京駅や伊豆半島南端から不眠不休で富士山頂まで歩き通すなど、様々なアプローチで富士登山を続け、ついに2018年6月、74歳で2000回の登頂を成し遂げた。

「私は一度好きになると、それに熱中してしまうタイプなんです。今、富士山は自分にとって“森羅万象”そのもの。何度登っても、眺める富士山は、そのたびに全く違う表情を見せてくれるのです」と實川さんは語る。しかし、昨年から新型コロナウイルスの影響で2020年は富士山も入山禁止となり、實川さんの登頂記録も2060回でストップしたままである。それでも彼は少しも落ち込むことがない。

日本には、各地に富士山の姿を思わせる340を超える山々があり、それぞれ、「富士」を伴う別名で呼ばれている。例えば、北海道にある「蝦夷富士(えぞふじ)」と呼ばれる羊蹄山(ようていざん)や「利尻富士」と呼ばれる利尻山などである。その中には、比較的容易に登れる山も多い。實川さんは、そうした全国の「富士」を巡る旅を、今計画中という。

富士山頂から見えた虹(實川さん撮影)

實川さんは、「全国をのんびり旅しながら、各地の“富士山”を楽しみたい」と言う。

富士山の形は漢字の「八」の字に似ている。日本人は、この数字を、その形から「末広がり」として、縁起が良いと大切にしている。人々は富士山を見る際にそんな思いを寄せ、更に美しさを讃える。そんな富士山に魅せられた實川さんの願いもまた、末広がりである。