Skip to Content

The online magazine HIGHLIGHTING JAPAN

INDEX

Language
  • 本膳料理「もち本膳」の例
  • 全国ご当地もちサミットで提供された餅料理
  • 全国ご当地もちサミットで提供された餅料理
  • 多種多様な餅料理
  • 地域イベントにおける餅料理

May 2020

400年続く「もち食」文化

本膳料理「もち本膳」の例

日本の伝統的な食べ物である「もち」。岩手県南部の一関市、平泉町では、400年にわたり独特のもち食文化が受け継がれている。

もち米を蒸して木や石の臼で粘り気が出るまでついて、丸めたり、平たくして食べる「もち」は、古来、神聖な食べ物とされてきた。今も、日本中で正月などの祭事には、皆でもちを食べる慣習がある。中でも岩手県は、1年を通してもちを食べる日が決められた「もち暦」があるほど、特色あるもち食文化を持つ。

一関市と平泉町一帯は、江戸時代、現在の岩手県南部から宮城県及び福島県北部を治めた仙台藩の領内だった。藩の初代藩主、伊達政宗は、数々の政策で藩の繁栄の基礎を築いた名武将として知られる。

一関もち食推進会議の会長、佐藤晄僖さんは、「仙台藩の命で、農民は毎月1日と15日はもちをつき、神様に供えることが決められていました。地元産のもち米で産業を振興する、仙台藩の政策の一つだったのだと思います」と話す。これがきっかけとなり、季節の節目など年間60日以上ももちを食べる習慣が庶民に広まり、「もち暦」が作られるまでになった。

「もち食の儀礼は、元々儀礼を重んじる武家の文化から生まれたので、冠婚葬祭の席でのもちの食べ方には細かい作法が存在するのです。私の妻は同じ仙台藩でも他の地域から嫁いできたので、初めは戸惑っていました」と佐藤さんは話す。

全国ご当地もちサミットで提供された餅料理

伊達藩の武家の宴会等で食べられていたものは、「もち本膳」と呼ばれる宴会料理である。本膳料理は室町時代の武家の礼法が発祥とされる、祝いの席などの儀礼食である。仙台藩はこの形式に則りながらも独自に、一の膳(本膳)を餅だけで整える「もち本膳」を考案した。もち本膳には、「あんこ」ともちを汁に入れた「雑煮」の他、「ずんだ」という潰した豆や、「じゅうね」とよばれるエゴマ、ヌマエビなどの食材をもちに絡めて食べる「料理もち」などが並ぶ。もち本膳の席では、「おとりもち役」と呼ばれる仕切り役がいて、「おいでいただき、うれしく存じます」などの口上が述べられた後、おとりもち役の進行に従って食べる。

「他の地域の人からすれば、独特の食文化に見えるのです。地元の人はもちなど日本のどこにでもあるものだと言っていたのですが、一関・平泉のもち食はこの地域特有の郷土食と言ってよいのではないかと思うようになりました」

佐藤さんの呼びかけで2010年に設立された一関もち食推進会議は、講義や実習を通じてもち食文化を学ぶセミナーのほか、2012年から、全国各地の特色あるもちが一同に集まる「全国ご当地もちサミット」を開催している (次回は、2021年春に「全国もちフェスティバル」として開催予定)。そして、2016年には、農林水産省から、「SAVOR JAPAN(農泊 食文化海外発信地域)」として一関市と平泉町が認定された。

本来、季節ごとの食材で彩られる一関・平泉のもち食は、近年、チーズ、トマト、カレーを取り入れるなど、ますますレシピが多彩となり、300種類を超えると言われている。

多種多様な餅料理

「すっかりカジュアルになったもち食ですが、もち食文化が生まれた背景や長年の伝統を、しっかりと後世に伝えていきたいです」と佐藤さんは話す。

一関・平泉の専門店や旅館では、手軽なもち御膳が食べられるほか、予約をすれば、おとりもち役が口上を述べ、作法に則って食べる本格的な「もち本膳」を体験できる店もある。

地域イベントにおける餅料理

将来、一関・平泉を訪れる機会がある際には、400年以上にわたるもち食の歴史や文化をその味とともに堪能してみてはどうだろうか。

(2019年11月号掲載記事を再編集)