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  • 防災に関する情報を紹介したパネルや写真の展示
  • 釜石市に開館した「いのちをつなぐ未来館」
  • 菊池のどかさん

May 2020

震災の教訓を未来に

防災に関する情報を紹介したパネルや写真の展示

2011年3月の東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県釜石市。「いのちをつなぐ未来館」では、震災の教訓を未来へと伝える取組が行われている。職員の菊池のどかさんは、大震災での自らの被災体験を国内外の人々に語り、命を守ることの大切さを伝えている。

2019年3月、岩手県釜石市鵜住居町に「いのちをつなぐ未来館」が開館した。三陸鉄道リアス線の鵜住居駅に隣接するこの施設は、「東日本大震災の教訓の伝承」と「防災教育の推進」という目的で設立された。オープンから一年間で、地元の住民、国内外からの観光客、防災関係者など、約6万8000人以上が訪れた。 館内の展示室には、釜石市の被害状況、復興の軌跡、防災教育を紹介するパネルや写真、津波到達時刻で止まった時計などの遺物、CGで津波を仮想体験できるディスプレイなどが常設展示されている。

その中に、鵜住居町の釜石市立釜石東中学校と鵜住居小学校の児童・生徒、約570人の避難行動と避難経路が時系列で詳しく紹介されている展示がある。同小中学校は、津波によって全壊するが、津波が到達する前に、児童・生徒は学校から高台まで1.6キロの道のりを30分にわたって懸命に避難し続け、全員の命が救われている。この避難行動は、日頃からの防災教育が役割を果たしたとして、大きな反響を呼んだ。

「地震の揺れが収まったら津波が来る。一刻も早く高台へ逃げなければ。そのことは、日頃の訓練を通じて体に染み込んでいました」と、未来館の職員、菊池のどかさんは語る。

菊池のどかさん

菊池さんは、2011年3月11日、釜石東中学校3年生だった時に、学校で東日本大震災に遭遇した。菊池さんは地震の揺れが収まるとすぐに、大津波警報のサイレンが響く中、同校の生徒や教員、日頃から一緒に避難する訓練を重ねていた隣接する小学校の児童たちと共に、少しでも高い場所を目指して必死に走った。

釜石市を含む三陸地方は、古くから津波の被害をたびたび受けてきた。そのため市では、防災教育に力を注いできた。その結果、震災では市内の小学生1927人、中学生999人の命が助かり、市内小中学生の生存率は99.8%だった。その一方で、市内全体の死者・行方不明者は約1,100人に上った。

「市内の小中学生の多くは津波から避難できましたが、地域では多くの人たちが命を落としました。私たちの世代が、本気で地域防災と向き合わなければと感じました」と菊池さんは語る。

菊池さんは未来館のオープン以来、自らの被災や防災学習の体験を来館者に語っているほか、日本各地で開催される防災関連の会議やシンポジウムに参加し、震災の教訓を発信する活動に熱心に取り組んでいる。

「様々な活動を通じて、全国で地域防災に取り組む仲間たちとのネットワークもできました。仲間たちから得た知識やノウハウを、地元の若者や子どもたちに伝えていきます」

未来館ではほぼ毎月、新たなテーマで企画展が開催されている。昨年11月には、震災前の鵜住居町の様子を写した写真の展示が行われた。新たな施設や道路の建設、土地の区画整備など、復興が進むとともに町の様子が大きく変化する中、展覧会を訪れた住民からは、震災前の街を振り返ることができたと喜びの声が多く聞かれた。

釜石市に開館した「いのちをつなぐ未来館」

また、避難所で生活した住民の声や当時の写真を参考に、震災後、家族4人が寝起きしていた避難所の1区画を再現した展示も行っている。段ボールで仕切られた小さなスペース中、限られた支援物質で生活していたことを知った外国の来館者からは、大規模な災害が発生した後の避難所や支援物資の在り方について考える機会になったなどの感想が寄せられた。

そして、昨年2019年のラグビーワールドカップ開催時には、多くの外国人も「いのちをつなぐ未来館」を訪れた。「未来館に世界中から多くの人たちが集まってくれて、とてもうれしかったです。館内の展示を、まるで自分のことのように涙を流しながら見てくれている方が多く、私自身も救われる思いでした」

防災を進めるに当たっての課題を聞くと、菊池さんはきっぱりとこう答えた。

「『無関心』です。町民に避難を呼び掛け続け、自主防災組織や町内会などに所属する災害に関心があった住民が津波の犠牲になったなど、災害に備えていなかった人を守るために犠牲になった人たちがいることを忘れないで欲しい。無関心な人は、自分自身だけでなく、他者の命を危険にさらすことになってしまうのです。無関心な人を1人でも減らすことで、この地域に貢献していきたいです」

(2019年12月号掲載記事の再編集)