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  • Jヴィレッジ再開記念式典の様子
  • 子供達が集合したスポーツイベント
  • 2020年4月にJヴィレッジで展示されたオリンピック聖火
  • Jヴィレッジの宿泊施設
  • Jヴィレッジスタジアムと天然芝ピッチ

May 2020

復興のシンボル「Jヴィレッジ」

Jヴィレッジ再開記念式典の様子

サッカーのナショナルトレーニングセンターであった福島県の「Jヴィレッジ」は、2011年3月の東日本大震災発生後、福島第一原子力発電所事故の対応拠点として専ら利用されてきた。しかし、2018年7月、復興のシンボルとして新たに生まれ変わって再始動し、2019年度は約49万人の来場を数え、震災前の姿を取り戻しつつある。

福島県東部、太平洋に面した楢葉町にある「Jヴィレッジ」は、1997年、日本初のサッカーのナショナルトレーニングセンターとしてオープンした。2002年に日本と韓国で開催されたFIFAワールドカップでは、サッカーアルゼンチン代表チームのトレーニングキャンプ地となった。

また、2011年3月11日に東日本大震災が発生した後は、東京電力の福島第一原子力発電所事故の対応拠点となった。株式会社Jヴィレッジ事業運営部の高名祐介さんは、当時の様子についてこう語る。

「事故直後からJヴィレッジは、事故対応を行う自衛隊、消防、東京電力などの関係者が集合する拠点となりました。皆さんはここで準備を行い、バスで事故現場に向かったのです」

子供達が集合したスポーツイベント

敷地には作業員の寮が建設され、芝生のフィールドには砂利が敷かれて駐車場となったことで、震災以降Jヴィレッジは休業となっていた。

再開のきっかけとなったのは、東京が2020年のオリンピック・パラリンピックの開催都市として決まったことだった。2015年1月に福島県は「新生Jヴィレッジ」復興・再整備計画を策定し、オリンピック・パラリンピックの開催前に、復興のシンボルとして、Jヴィレッジを再開することを目標として定めた。また、Jヴィレッジの新たな使命として、①福島県の復興の姿を国内外に発信する、②地域の復興・再生をけん引する、③スポーツの振興に貢献する、④トップアスリートを育成する、⑤地域の人々の健康づくりに貢献するという大きな5本の軸を立て、再開に向けて動き出した。

そして、復旧工事の後、2018年7月28日、Jヴィレッジは7年4か月の休業期間を経て再始動した。記念式典では、日本サッカー協会名誉総裁の高円宮妃久子殿下、福島県知事、サッカー関係者や福島県民など約1000人が集まり、Jヴィレッジの復活を祝った

2020年4月にJヴィレッジで展示されたオリンピック聖火

総敷地面積約49haの新生Jヴィレッジには、観客席の設けられたスタジアム1面、天然芝のピッチ7面、人工芝のピッチ2面に加え、屋根が付いた全天候型練習場が整備された。広さ約1万平方メートルのこの練習場は、サッカーやラグビーなど様々なスポーツに使用可能で、屋内練習場としては日本で一番の広さである。また、国や福島県が進める、ロボットやエネルギー関連の新たな産業・雇用の創出を目指す福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想や、廃炉関連研究者が集まる学会などのビジネスニーズに対応するため、約300人収容のコンベンション・ホールを備えた7階建てホテルも建てられた。

2019年9月から11月まで日本で開催されていたラグビーワールドカップでは、Jヴィレッジがアルゼンチン代表チームのキャンプ地となり、2019年度は約49万人がJヴィレッジに来場している。さらには、2020年の東京オリンピックでは、日本国内の聖火リレーが、ここからスタートすることが決まっていた。しかし、その延期により計画が見直しされることを受けて、この4月初旬、十分な感染症対策の下、Jヴィレッジにおいて聖火の公開展示が行われ、未来への光を点じた。

Jヴィレッジの宿泊施設

「今後は、地域と連携しながら、世界各地からの来訪者をおもてなしするとともに、復興している福島の姿を発信していきたいです」と高名さんは話す。

Jヴィレッジは、世界の人々とスポーツの喜びを分かち合う場として、新たなスタートを切った。

Jヴィレッジスタジアムと天然芝ピッチ

(2019年10月号掲載記事を再編集)