Skip to Content

April 2020

シカのための踏切

「シカ踏切」が導入された路線で、野生動物との接触事故が大幅に減少している。

近年、日本の鉄道で問題となっているのがシカとの接触事故である。山村の人口減少、狩猟者の減少などで生息数が増え、人里までシカが出てくるようになったことが大きな要因であると論じられている。大阪市に本社を置き、大阪府・奈良県・京都府・三重県・愛知県に約500キロメートルの路線を持つ近畿日本鉄道株式会社(以下:近鉄)では、こうした事故を少しでも減らそうと「シカ踏切」という従来にないシステムを導入し、シカを排除せずに鉄道の安全性向上を図っている。

近鉄沿線では、山間部などを中心にピークの2015年には年間288件ものシカとの接触事故が発生していた。こうした事故が発生すると、死骸の処理や安全確認のために長時間の停車を余儀なくされた。しかも2016年には伊勢志摩地域に多くの人々が訪れる伊勢志摩サミットの開催を控えていたため、シカとの接触事故を減らすことは喫緊の課題となっていた。

「それまでも線路脇にロープを張り巡らしたり、シカの嫌がる赤色LEDを照射したり、車両に鹿笛を取り付けるなど、様々な対策を行ってきました。一定の効果はありましたがシカとの接触をゼロにすることはできませんでした」と近鉄の鉄道本部名古屋統括部の担当者は話す。

そこで2015年の秋から3ヶ月間、U-SONICというシカの嫌がる超音波を発生する装置を製造するモハラテクニカ、そして、交通インフラ設備メーカーの京三製作所と共同でシカとの接触防止トライアルを実施した。この時に近鉄スタッフの一人があるアイディアをひらめいたという。

線路脇に設置した監視カメラの映像から分かったのは、シカが行き来する獣道はほぼ決まっていて、その活動時間も日没から日の出までに限られていることだった。また、シカは鉄分補給のためレールをなめに来ることも分かった。その生息域を鉄道が横切っている以上は線路内へのシカの侵入を完全に遮断することは難しいことも判明した。そこでスタッフが思い付いたのが、シカを線路から遠ざけようとするのではなく、安全に渡ってもらうという逆転の発想だった。

2016年5月、近鉄・大阪線の東青山駅周辺に導入されたシカ踏切では、一帯に張り巡らせた獣害防止ネットの一部、獣道に通じる数十メートルの区間にはあえてネットを張らずに隙間を作り、終電から始発電車が走り出すまでの安全な時間帯は、シカが自由に行き来できるようにした。シカが活発に動き回る夜間のうち、日没から終電時刻までと始発電車が走り始めてから周囲が明るくなるまでの間はU-SONICを作動させ、線路内にシカが侵入しないようにしたのである。

「東青山駅周辺では前年にはシカとの接触事故が17件も発生していましたが、設置以降はほぼゼロになりました。その後、当社では接触事故の多発する他のエリアにもシカ踏切を設置し、非常に大きな効果があることを確認しています」と近鉄の担当者は言う。

従来の踏切の考え方を、獣道に応用したシカ踏切は高く評価され、2017年には日本デザイン振興会のグッドデザイン賞を受賞した。また、他の鉄道業者からも注目されており、シカの目線から生まれた踏切が、野生生物と人間との共存に大きく貢献することが期待されている。