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March 2020

痛みなく血糖値を測る

日本のベンチャー企業が、採血することなしに血糖値を測定できる装置を開発した。

厚生労働省の調査によると、日本の糖尿病の患者数は、2014年には約317万人、2017年には約329万人となっている。また、国際糖尿病連合(IDF)によれば、2019年に約4.6億人だった世界の糖尿病の患者数が、2045年には7億人に増加すると予測されている。

糖尿病は大きく1型と2型に分けられる。1型は乳幼児や若者の患者が多く、自己免疫疾患などが原因でインスリン分泌細胞が破壊されることで発症する。2型は中年以上が患者の中心で、遺伝的要因、過食、運動不足などの原因が重なって発症する。

糖尿病患者には血糖計を使い、毎日自分で血糖値を測らなければならない人も多い。測定するには、指先に針で小さな穴を開け、血糖計に取り付けた試験紙(センサー)に血液を付着させる。患者は痛みに耐えながら、1日に4〜5回採血する必要がある。特に1型の患者は、血糖値の測定とインスリン注射で年間約3,000回も針を刺さなければならない。しかも使用した針と試験紙は毎回、廃棄する必要があるので、新しいものを購入し続けなければならない。

そうした中、大阪府にあるベンチャー企業、ライトタッチテクノロジー株式会社が、採血せずに血糖値を測定できる血糖値センサーの試作品を開発した。このセンサーは、非侵襲の血糖値センサーとしては世界で初めて、国際標準化機構(ISO)が定める測定精度を満たした。

「お子さんが1型を発症した知人から、血糖値の測定が本人と家族の大きな負担となっていることを知り、簡単に測定できる装置を開発したいと思ったのです」と同社社長の山川考一さんは話す。山川さんは、量子科学技術研究開発機構(QST)の研究者として約30年にわたり最先端のレーザー開発に取り組んできた。

山川さんが開発したセンサーは高さ15センチ程の円柱形。小さな円形のセンサー部分から照射されるレーザーに指先を当てるだけで、血中のグルコース(糖)の濃度(血糖値)が測定される。痛みも熱さも全く感じない。測定時間はわずか数秒である。測定の結果は、スマートフォンに送ることができる。

波長が2ミクロン程度の近赤外レーザーを使うとグルコースの値が測れることは約30年前に論文で発表されており、それ以来、数々の企業が非侵襲の血糖値センサー開発に挑んできたが、実用化には至っていなかった。近赤外レーザーでは、血中のグルコース以外の成分の値も測定されてしまうのが大きな理由であった。山川さんは、波長が9ミクロンという中赤外線で、非常に高輝度のレーザーを新たに開発し、グルコースの値のみを測定することに成功した。

「患者さんからは、『このような装置を待っていた。早く実用化して欲しい。』という声をたくさん頂きました。近年、糖尿病患者が急増しているアジアや中東からも問い合わせがありました」と山川さんは話す。

山川さんはセンサーを実用化するためにQST発ベンチャーとして、2017年にライトタッチテクノロジーを設立した。現在、1型糖尿病患者とその家族を支援するNPOの協力を得ながら、測定データの収集・分析、装置の小型化・量産化の研究開発を進めており、厚生労働省の認可を得た後、2022年の販売を目指している。

今回開発された血糖値センサーは、通常の健康診断では見逃されやすい「血糖値スパイク」を見つけ出すことにも役立つ。血糖値スパイクとは食後に血糖値が急上昇するもので、放置すると血管が傷つき、動脈硬化が進む。センサーで気軽に血糖値を測定できればこのような症状も発見しやすくなる。また、病院でセンサーが導入されれば、血糖値測定のための医師・看護師の負担も大きく減少する。

今回開発された技術を活用すると、コルステロールや中性脂肪も測定できる。さらに、涙や尿にレーザーを当てて病気を診断する、あるいは、空気中の病原体をセンシングするといった応用の可能性もある。

「将来的には、センサーが家庭やオフィスに設置され、自動的に健康状態が分かるような仕組みを作りたいと思います」と山川さんは話す。