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Highlighting JAPAN

 

雪国の知恵


北海道や日本海側を中心に、日本の豪雪地帯がある。降る雪の多さは、その土地土地に少なからぬ影響を与える。そこには雪国独特の知恵が生まれ、独特の文化が育まれてきた。そうした豪雪地帯の一つで川端康成の小説「雪国」の舞台にもなった新潟県湯沢町を拠点にし、観光振興に取り組む「一般社団法人雪国観光圏」の代表理事を務める井口智裕さんに、雪国の知恵と文化について伺った。

「雪国観光圏」には湯沢町など、新潟県、長野県、群馬県の7市町村が参加していますが、どのような地域的特徴があるのでしょうか。

この地域は、サンフランシスコ、アテネ、リスボンなど温暖な都市と緯度は同じですが、冬には毎年、最高3メートルの雪が積もる世界有数の豪雪地帯です。日本海の暖流から立ち上る湿った空気によって生まれた雲が、シベリアから吹く風によって、2000メートルを超える山々にぶつかり上昇し、大量の雪を降らせます。水分を多く含んだふわふわとした雪なので、雪が多く積もるのです。

そうした雪深い地域にも関わらず、約8,000年前の縄文時代から人々が定住していました。新潟県で出土した燃え上がる炎のような造形が特徴的な「火焔型土器」は、縄文時代にこの地で人々が暮らしていたあかしとして、今に伝えられています。

12月から3月までは雪に覆われますが、雪が多くの恵みをもたらしてくれるからこそ、長い年月にわたって人々は代々ここで暮らし続けてきたのです。

雪の恵みにはどのようなものがあるでしょうか。

山々に積もった雪は、春に大量の雪解け水となります。この豊かな水資源のおかげで、この地域は日本有数の稲作地帯となりました。きれいな水と米を使った日本酒造りも盛んです。

また、雪に閉ざされた冬を越すために、春から秋にかけて収穫した野菜を食材にして、様々な保存食が生み出されました。例えば、野菜の葉を塩漬けして発酵させた「野沢菜」は、冬の代表的な料理です。そして、次第に発酵が進み酸味が強くなってきた野沢菜の味を整えるために、醤油を入れて煮て作るのが「煮菜」です。煮菜はこの地域の、「ソウルフード」の一つと言えます。また、収穫した米の中で、粒が小さかったり、割れたりしていて売れない米も、米粉にして利用します。米粉を水で練って皮にしたものに、野沢菜やあんこを包んで蒸せば「あんぼ」(地域によっては「おやき」)という保存食になります。冬の間、物流が途絶えるため、このように食材を大切に使う工夫が考えられたのです。

冷蔵庫が普及するまでは、雪を貯めた「雪室」で魚や野菜などを保存してきました。雪室は温度変化が少ないので、食材を新鮮に保てるのです。近年、雪室は環境負荷が少ない上に、食材の味を良くするということで注目されています。低温で湿度の高い雪室の環境は、野菜や米のでんぷんの糖化を促進させるので、甘みが増すのです。雪室で熟成された野菜、日本酒、肉など様々な商品が販売されています。

雪国ならではの文化として、どのようなものがあるでしょうか。

古くから織物文化が受け継がれています。その代表例が、2009年にユネスコの無形文化遺産に登録された「越後上布」です。越後上布は1200年以上の歴史を持つ麻織物で、冬の農閑期に農家の女性によって作られました。主に夏の着物に用いられた越後上布は、江戸時代に全国的な評価を得て、地域経済を支える重要な製品となりました。製造工程は約50にも上り、気の遠くなるような作業が必要です。長い冬があるからこそ、手間と時間をかけて越後上布を作ることができたと言えます。3月頃には、最後の工程として、雪の上に布を広げ漂白する「雪晒し」が行われますが、これは早春の風物詩となっています。

厳しい冬を越すために、お互いに助け合う文化も育まれました。例えば、「結」(ゆい)と呼ばれる相互扶助が集落ごとに行われています。屋根に積もった雪を取り除いたり、道に積もった雪を踏んで歩きやすいようにしたりといった作業を皆で協力し合うのです。

冬にはどのような観光を楽しむことができるでしょうか。

最も人気があるのがスキーです。スキー場は数多くあり、雪国観光圏で年間約1000万人が訪れます。また、温泉も各地にあります。美しい雪景色を見ながら入る温泉は格別です。

雪国観光圏でも、古民家で冬の郷土料理を学んだり、雪の上をスノーシューで歩いたり、「かまくら」の中で地元産の食材を使った料理を食べたりなど、雪国の自然や文化を楽しめる様々なプログラムを用意しています。

何もせずに、ゆっくりするだけでも、豊かな時間を過ごすことはできます。私は特に冬の朝が好きですが、雪が舞う朝もやの幻想的な風景の中を散歩したり、外の雪を静かに眺めながら部屋でコーヒーを飲んだりすると、心の底から安らぎを感じます。

雪国観光圏の地域までは東京から新幹線に乗ってわずか70分しかかかりません。最近は、スキー客を中心に海外からの観光客が増加しています。今後、雪国ならではの自然や文化に触れられる機会を、更に増やしていきたいと思っています。