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Highlighting JAPAN

和食の土台となる出汁

うま味成分がたっぷり含まれる出汁は、和食の美味しさを引き立てている。

人は、甘味、酸味、塩味、苦味、そして、「うま味」の5つの基本味を識別できる。この中で、うま味は1908年に東京帝国大学の池田菊苗博士が発見し、名付けられたものである。しかし、それよりはるか以前から、うま味によって料理が美味しくなることは経験的に知られており、グルタミン酸やイノシン酸などのうま味成分が多く含まれる肉、魚、野菜などが、西洋料理のブイヨンや中華料理の湯(タン)、和食の「出汁」を作るために用いられてきた。

「出汁は和食の土台を組み立てるものと言えます。出汁によって、料理に使う素材の風味を高めることができます。中でも、かつお節からひく出汁は、芳醇な香りが特徴です」と、にんべん社長の髙津克幸さんは話す。にんべんは1699年に東京・日本橋で創業された日本を代表する長寿企業の一つである。創業以来、かつお節の製造や販売を中心に事業を行ってきた。

かつお節はカツオを乾燥、発酵、いぶしたものである。料理によって削る厚さが調整された「削り節」から出汁をひく。

カツオは日本近海で豊富に獲れるため、古くから日本人のタンパク源となっていた。かつお節が出汁の材料として広く普及したのは江戸時代である。江戸時代初期に、カツオを煮る、いぶす、干すなど、現在とほぼ同じ製造工程が確立され、江戸時代末期には、かつお節の乾燥、表面へのカビ付けを繰り返すことで、うま味を増す方法も生み出された。

かつお節以外にも、北海道で採れた昆布が、日本海を運行する「北前船」で、「天下の台所」と言われた商業都市の大阪へと運ばれ、出汁の材料として普及した。また、かつお節や昆布は高級だったため、庶民の間では、イワシなどの小魚を干した「煮干し」が出汁の材料として使われるようになった。

味噌や醤油といった調味料が江戸(現在の東京)などの都市近郊で大量に生産されるようになり、日本の食文化は一気に発展した。その中で、そば、天ぷらなど日本を代表する料理も広まった。

「味噌や醤油といった調味料と出汁が組み合わされ、今では馴染みとなっているそばや天ぷらのつゆが生まれたと考えられます」と髙津さんは言う。「かつお節と昆布の『合わせ出汁』も料理に使われるようになりました。2種類の出汁の相乗効果でうま味が非常に強くなるのです」

江戸時代以降、出汁は日本の食文化の基本となったが、近年、日本食の海外への広がりや和食のユネスコ無形文化遺産への登録とともに、改めて出汁への注目が高まっている。

にんべんは各地の教育機関や催事で、かつお節を通して和食や出汁文化を伝える食育活動を行っている。日本の家庭では、かつお節や昆布から抽出した液体や顆粒(かりゅう)の「だしの素」が料理に使われることも多くなったが、かつて多くの家庭では「削り器」でかつお節を削り、出汁をひいていた。にんべんの食育では、参加者がかつお節削り器を使ってかつお節を削り、出汁をひくことを学ぶが、かつお節の香り、出汁の美味しさに驚きの声が上がると、髙津さんは言う。

また、2010年にコレド室町にオープンした「にんべん 日本橋本店」では、かつお節などの商品を販売しているほか、店内では削り実演が行われている。さらに併設されている「日本橋だし場」では、かつお節出汁を効かせた「だしスープ」や削りたてのかつお節をご飯にかけた「かつぶしめし」などのメニューが販売され、昼食時には近隣の会社員や買いもの客でにぎわっている。

「ひきたてのかつお節出汁がこれほど人気になるとは予想していませんでした」と髙津さんは話す。「今後も、出汁の魅力を知り、味わえる場所を、更に増やしていきたいです」