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Highlighting JAPAN

心身を癒す森の力

日本発祥の「森林浴」は近年、諸外国でも注目を集めている。森林が町の大部分を占める鳥取県智頭町では、森で心身を癒す「森林浴」の体験プログラムが提供されている。

日本は国土面積の67.5%が森林に覆われている。この豊かな森林は、生物多様性の保全、木材やキノコなど林産物の生産、水の浄化など、様々な恵みをもたらしてきた。そうした中、新たな森林の役割として注目を集めているのが、人間の心身に与える影響である。その発端は1982年、林野庁による「森林浴」の提唱であった。同年、長野県上松町の赤沢自然休養林の中で過ごすという、全国初の森林浴のイベントが開催された。2000年代に林野庁が行った実証実験においては、森林の中で過ごすことによって、がん細胞やウイルス感染細胞を排除すると言われるナチュラルキラー細胞を活性化させたり、ストレスホルモンを減少させたりすることが科学的に実証された。樹木から出される「フィトンチッド」という揮発性物質の成分が関係していると言われている。

こうした研究成果を踏まえ、林野庁は「科学的エビデンスを持ち、予防医学的効果を目指す森林浴」が行える場所を整備するとして、「森林セラピー基地構想」を打ち出した。2006年、ベンチ・トイレ・休憩施設などが配置された「森林セラピーロード」が2本以上あり、健康増進やリラックスのためのプログラムを提供しているなどの条件を満たした6箇所の森を森林セラピー基地として認定したのを皮切りに、これまで64の森が認定されている。

その一つが、2011年に森林セラピー基地に認定された鳥取県智頭町の「鳥取砂丘を育む源流の森」である。大阪から電車で約2時間、江戸時代から林業が盛んな智頭町の森林面積の割合は約93%で、スギ、ヒノキといった針葉樹や広葉樹からなる混交林が広がり、山菜の種類も豊富である。人口は7000人余りの智頭町ではあるが、近年、老若男女を問わず多くの人々が森林セラピーを目的に町へとやってくる。

智頭町は国内林業の低迷とともに、町の活力が次第に失われていく中、町政へ住民の声を反映させるために、2008年から智頭町百人委員会を組織した。

「百人委員会で、“地域資源を活かした、若い世代や都市住民との交流による町の活性化”という議題が上がったとき、森林浴のアイデアが提案され、森林セラピー構想として始動することになりました」と智頭町役場山村再生課の山中章弘さんは言う。

智頭町は森林セラピー基地を目指し様々な調査研究などの準備を進めつつ、ツアープログラムの企画、森林を案内するガイドの養成講座の作成など最終調整を整え、2011年から森林セラピーを開始した。2019年7月現在、智頭の森林セラピーガイドは約80名だが、「智頭のガイドになりたい」と町外から応募する人もいると言う。

また、智頭町のセラピーロードを代表する芦津渓谷は、日本屈指の渓流をもった混交林である。そのため四季を通して美しく、企業向けにビジネス研修用の森林セラピープログラムも提案している。このプログラムは森林セラピーにより新入社員や中間管理職の社員の仕事に対するプレッシャーからの解放、ストレスの軽減を目指している。

「参加者の心のバランスを測定するアプリや都会の公園での事前事後フォロー体制を整えることで、智頭滞在中に限らず、森林の効果を感じてもらえるプログラムになっています。ツアー開始時は笑顔の少なかった参加者が、プログラム終了後は笑顔になって帰られるのが嬉しいと町民から聞いています」と同課の山本進さんは言う。

この研修プログラムを取り入れた企業から、「研修後は参加者の顔が明るく、積極的にになった」とメンタル面改善の報告が寄せられている。

日本発祥の森林浴は、近年、アメリカやヨーロッパで、日本の研究成果を紹介した書籍が発行されたり、テレビや新聞などメディアで報道されたりなど、世界中から注目を集めている。時には智頭のような雄大な森林に包まれ、深呼吸をしてみてはいかがだろうか。