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Highlighting JAPAN

詩で日本と世界の架け橋に

アイルランド生まれの詩人、文学者にして版画作家のピーター・マクミランさんは、日本文学の翻訳を通じて、日本の心を発信している。

ピーター・マクミランさんは都内のある一画に居を構える。仕事場を兼ねた自宅の露地には竹が植えられ、木戸をくぐると水琴窟iが出迎える。日本情緒を感じさせる静かなたたずまいが在る。

マクミランさんはアイルランドのダブリンに生まれ育ち、アイルランド国立大学では文学と哲学を学び首席で卒業した。縁あって1987年に来日してから30年、人生の半分以上を日本で過ごしている。

「28歳の時に、大学講師の仕事があり来日を決めました。何も知らない日本で冒険しようと考えたのです」とマクミランさんは笑う。マクミランさんは、アイルランド国立大学を卒業後に渡米し、プリンストン、コロンビア、オクスフォードの各大学で客員研究員となる。コロンビア大学では日本文学研究者のドナルド・キーン教授に学んだ。来日後、メリーランド大学ユニバーシティ・カレッジ日本校で哲学を教え、杏林大学で英語や英米文学を教える傍ら、詩集を出すなど詩人としての活動を続けていた。

40代になって、日本にとどまるかアイルランドに帰国するか迷っているときに、一つの区切りとして、日本の詩集を英訳してみようと思い立ったことがきっかけとなり、小倉百人一首iiの英訳に取り掛かり、2008年にOne Hundred Poets, One Poem Eachを上梓した。これがキーン教授の高い評価を得て、さらにドナルド・キーン日本文化センター日本文学翻訳特別賞、日本翻訳家協会翻訳文化特別賞を受賞した。この受賞で、迷いは消え、マクミランさんは「日本と世界の架け橋になろう」と決意した。その後、2016年には平安時代初期の歌物語である『伊勢物語』の英訳The Tales of Ise、2017年には『英語で読む百人一首』を出版するなど、日本の和歌を中心に翻訳活動を続けている。

その活動が認められ、2017年には大学共同利用機関法人人間文化研究機構の国文学研究資料館(NIJL)が千年以上に及び伝えられてきた日本の古典籍を世界中の研究者と共有するプロジェクト「ないじぇる芸術共創ラボ」においてトランスレーター・イン・レジデンスとして招聘され、「架け橋」への思いを一層強くしている。

しかし、日本語、しかも和歌など古典文学の英訳には苦労が多い。和歌には往々にして主語がなく、また一語に複数の意味を持たせる技法もある。そのため歌全体が複雑な二重構造になっていることがあり、作者の意図を英語で再現するのは至難の業である。しかし、「主語がなく曖昧であるがゆえに、和歌は深い感情表現が可能です。日本語の繊細さとその魅力、和歌の魅力に気付かされるきっかけになりました」とマクミランさんは言う。

マクミランさんには他にも、美意識の違いという発見があった。

「美ははかないもの、はかないからこそ美しいというのが日本人の美学、美意識です。西洋の美学とは全く異なるもので、私には大きな発見でした」とマクミランさんは言う。

マクミランさんの発見は、自身が翻訳を手掛けた『伊勢物語』におさめられた「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」とその返歌「散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき」の二首に起因する。前者は、春という季節は桜が咲くか、咲けば散らないかと心配で落ち着かないと詠むのに対して、後者は、世の中に永遠などというものはなく桜も散るからこそ素晴らしいと詠む。

「この世のものははかないからこそ、愛でましょうという美意識、精神性が、今日もなお日本人の精神性を表しています」とマクミランさんは言う。

マクミランさんの架け橋としての取り組みは、古典文学の英訳だけではない。敬愛する葛飾北斎(1760-1849年)にあやかって「西斎」という雅号で「新富嶽三十六景」の版画を制作したり、百人一首による競技かるたiiiの英語版を製作して世界大会の企画に取り組んだりしている。今後、One Hundred Poets, One Poem Eachの改訂訳、万葉集ivから現代にいたる文学に描かれた富士山に関する著作などを計画しており、マクミランさんは、多彩なアプローチで日本の精神性を世界に伝えようとしている。



i 江戸時代に考案された日本庭園の装飾の一種で、手水鉢の近くの地中に埋めた空洞の鉢に水滴を落下させ、鉢の中に落ちた水が反響してくる音を楽しむ仕掛け。
ii 鎌倉時代の代表的な歌人である藤原定家(1162-1241年)が百人の和歌一首ずつを撰んだ歌集。
iii カードゲームの一種。「五七五七七」形式の和歌を五七五の上の句と、それに続く七七の下の句に分け、読み上げられる上の句を聞いて、下の句の取り札を取り合い、持ち札の数で勝敗を決める。
iv 8世紀ごろに成立した日本最古の歌集で、天皇から庶民まで、様々な男女が詠んだ和歌、4536首が収録されている。