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Highlighting JAPAN

子育てネットワーク

20年前に一人の母親が立ち上げた育児サークルが企業や行政と積極的に連携し、安心して子育てのできる社会づくりに取組んでいる。

四国地方、瀬戸内海に面した香川県は面積約1.877km²と47都道府県で最も小さい。香川も他の地方と同じように、人口の都市集中などにより、地域のつながりが薄くなる傾向がある。県庁所在地の高松市は四国地方の要衝で、東京や大阪の企業の支店が多く、転勤で高松に赴任する家族も多いが、そのような中で、乳幼児を抱える母親が見知らぬ土地で孤立してしまう場合もある。

特定非営利活動法人わははネットは、自身が子育て中に香川県に移り住んで苦労した経験を持つ中橋惠美子さんが立ち上げた組織で、地縁の薄くなってきた社会で母親たちの不安や悩みを解消する活動を行っている。

わははネットの理事長を務める中橋さんは、「私にとって香川県は郷里なのですが、子育てをする初めての土地でした。今のようにインターネットも普及していなかった時代、何をするにも情報が不足で困りました」と当時を振り返る。中橋さんは同じように困っている母親たちがいるに違いないと考え、仲間に呼びかけ、1998年に母親たちによる育児サークル「輪母ネット」を発足させた。「輪母ネット」は「母の輪」の意の漢字を当てたものである。翌年に地域に密着した子育て情報誌『おやこDEわはは』を創刊すると、2000部がすぐに完売し、さらに3000部を増刷するほど大きな反響があった。

当時の子育てを巡る状況は、1990年の「1.57ショックi」を機に、1994年に仕事と子育て両立を目指した「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について(エンゼルプラン)」、1999年に「少子化対策推進基本方針」が策定され、子育ては社会全体で支えるという意識が芽生え始めた頃だった。

サークルの協力者が少しずつ増えて、『おやこDEわはは』には多くの広告が集まるようになり、4年後にはフリーペーパーとなった。「輪母ネット」は、2002年に特定非営利活動法人の認証を受ける際に、笑い声を表す「わはは」に改称した。2003年には、携帯電話のメールによる育児情報を配信する「わははメール」、商店街の空き店舗を利用して親子が自由に集まり利用できる「わはは・ひろば」など、現在につながる事業を開始している。「わはは・ひろば」は商店街や地元工務店の協力を得て開設したが、2004年に坂出市の「地域子育て支援事業」委託事業となるなど、先駆的な事業を手掛けてきた。

「何か新しいことを始めようとするとき、香川県が小さいということは有利でした。県内の移動も容易で、アンケートなどのデータも集めやすい。どの組織もコンパクトで、市長、県知事、企業の社長といった立場の人たちとの距離が近く、話を聞いてもらったり支援を取り付けやすかったりするのも小さい県ならではの利点です」と中橋さんは語る。

地域で信頼を確立したわははネットは、中小企業への働き方改革のコンサルティングや、父親に向けた子育て冊子など啓発物の企画・作成など、行政からの委託業務も数多く実施している。企業との協働では、マンション開発業者と子育てに優しい住宅を企画するなど成功事例も多い。中でも、運転手に講習を受けてもらい妊産婦や小さい子供が利用しやすいようサービスを整備した「子育てタクシー」は、高松市のタクシー会社で試験的に導入した際に利用者から感謝の声が多く寄せられ、導入を希望するタクシー会社が増えた。今ではわははネットから独立した一般社団法人全国子育てタクシー協会が運営に当たっており、全国150社を超えるタクシー会社が登録している。

わははネットは今も地域に密着した活動を基本としている。子育てしやすい環境づくりを軸として、必要なパートナーから協力を受け、あるいはわははネットが協力しながら、行政、企業、住民をつなぐ役割を果たしている。

「私たちの数ある事業は、どれも直接お会いしたお母さんたちの『こんなことに困っている』という声がきっかけになったものです」と中橋さんは語る。

わははネットの活動は地域の小さな声を丁寧に拾うことの重要性を示している。



i 1990年の1.57ショックとは、前年(1989年)の合計特殊出生率が1.57と、過去最低であった1966年の合計特殊出生率1.58を下回ったことが判明したときの衝撃を指している。