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Highlighting JAPAN

すべての人の温泉療法

美しい湖と豊かな温泉に恵まれた秋田県仙北市は、湯治の伝統を掘り起し、内外からの温泉客向けに、ヘルスツーリズムを展開している。

秋田県の中央東部に位置する仙北市は、美しい山々に囲まれた田沢湖と玉川温泉や乳頭温泉郷など周辺に点在する温泉地が有名である。日本の温泉は、含まれる成分によって10種類の泉質に分類されている。「そのうちの9種類がこの仙北地域にそろっています。同じ地域で多種多様な温泉を楽しめるのは他にはない特色です」と仙北市総務部地方創生・総合戦略室統括監の小田野直光さんは話す。

仙北市では1970年代から農家などの民間施設に宿泊して農山村体験や自然体験をするグリーンツーリズムを推進してきた。当初は学校など教育を目的とした利用が多かったが、近年の健康志向の高まりを受けて、外国人観光客を含む幅広い世代が身体に良い食事や山歩きを楽しむようになった。そこで仙北市は、2017年に次世代ヘルスケア産業協議会を設置、温泉施設経営者や食材提供者、医療関係者などが参加して、温泉療法を取り入れたヘルスツーリズムについて提言、検討を始めた。

日本には古くから、入浴や飲泉をし、疲れを癒やすために温泉地に逗留する、“湯治”という文化があった。「この辺りは農業が主な産業で、かつて農閑期には皆で湯治をする習慣でした。温泉に浸かることで、疲労回復や自然治癒力が向上することを経験的に知っていたのです。今では湯治をすることも少なくなりましたが、もう一度その良さを見直して欲しいです」と小田野さんは言う。

仙北市は、豊かな自然環境の中での効果的な運動、健康的な食事、それに温泉療法を組み合わせた言わば“現代版の湯治”で、生活習慣病の予防や改善など、市民の健康増進に役立て、あわせて観光客に向けた新しい健康産業を興したい考えである。

次世代ヘルスケア産業推進協議会による構想はまだ検討段階ではあるが、市民に向けたいくつかの企画はすでに始まっている。その一つが市営の温泉プールで行う運動プログラムである。プログラムを継続的に利用している市民は、体脂肪率が低下するなど、効果が現れてきている。

もう一つは、仙北市温泉療養研究会が認証する『温泉浴マイスター』制度である。「市民に温泉についての理解を深めてもらい安全に入浴してもらうのが目的です。現在、市が開催する講座を受けた34名の市民が『温泉浴マイスター』の認証を受けています」と小田野さんは言う。「市内の温泉地では海外からの観光客が年々増え続けています。温泉に入るのは初めてという外国人観光客にも、『温泉浴マイスター』が効能や正しい利用法を説明するなど、ゆくゆくは温泉のコンシェルジュ(温シェルジュ)として活躍してもらいたいと思っています」

一方で、仙北市では医師不足の課題を抱えている。毎分9000リットルという一つの源泉からの湧出量日本一を誇る玉川温泉は、源泉温度が98度、pH1.2の強酸性で微量のラジウム放射線を含む特異な泉質のため、治癒力を期待した様々な疾患の患者が多く訪れる。現在は玉川温泉の温泉施設には看護師が常駐して対応しているが、医療行為は行えず、緊急の場合は車で2時間かかる病院に搬送している。

仙北市は2016年に、様々な規制を緩和する地方創生の国家戦略特区の指定を受けている。その中には、外国人医師による診療行為が認められた指定病院ではない診療所において、臨床修練制度を活用して外国人臨床研修医の受け入れを可能にするものがある。これにより、医療分野での国際交流と外国人温泉利用者の安心の向上を図ることを目指している。仙北市は試みとして2017年6月に台湾の医師を招聘して新玉川温泉の入浴相談室で日本の温泉療法の公認医師と共に海外観光客の健康相談を行った。

「ラジウムを含む北投石を産出するのは、世界で玉川温泉と台北市の北投温泉の2か所のみなので、仙北市と台北市は温泉提携協定を結びました。今回の健康相談も、温泉療法を研究する日本の医師と台湾の医師の交流があったことで実現しました」と小田野さんは話す。

かつての湯治の伝統を掘り起こし、時代に合わせて産業化しようとする仙北市は、規制緩和、内外との意欲的な交流の試みなどによって、最新の温泉療法の発信地となることを目指している。