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Highlighting JAPAN

お祝い事に欠かせない太巻き寿司

千葉県の太巻き寿司は、郷土の人々の素晴らしいおもてなしの心を表す料理の傑作である。

これは、もうほとんど料理の魔法と言っても過言ではない。

平野富恵さんは、ごはん、インゲン豆、山ゴボウ、かんぴょう、その他の具材を長方形の薄い玉子焼きの上に広げて、こね合わせながら形作っていくが、統制の取れたように見えるものの何をつくろうとしているかは判然としない。

そして、彼女は寄せ集めた具材を巻き簾(す)で丸め、10センチほどの厚さの巻物に仕上げて包丁で薄く切ると、まるで手品のように、ごはん、野菜や海藻の具材からカラフルな蝶が現れた。

世界で最も尊敬を集める美味しい料理を作るために必要な技巧は芸術の一種と見なされるが、太巻き寿司は正真正銘の傑作といえる。

太巻き-より長い名前では「太巻き祭り寿司」-は、東京から南東に約2時間の位置にある千葉県北部の房総地域で古くから伝えられる郷土料理である。この彩り豊かな料理の別名は、絵巻き寿司、つまり「絵を巻いた寿司」という意味である。

例えば、世界中のスーパーマーケットで売られているちらし寿司や握り寿司といったより知られている寿司の種類とは異なり、太巻きは典型的な郷土料理であり、複雑な技法や彩り豊かな絵柄の数々が昔から受け継がれてきた。

「太巻きは、研究熱心な農家の嫁たちによって長年にわたり考え出された創意工夫の集積で、幸運をもたらすものとして考えられてきました」と龍崎英子さん(88歳)は話す。彼女は太巻きの歴史と作り方に関する数多くの著書を出しており、以前は千葉県立衛生短期大学の准教授をしていた。「こうした絵柄を思い付くには、幾何学や代数学の理解を超えるものが求められるでしょう。ですから、そうした絵柄の創作は小学校後も知識の獲得を絶やさなかった農家の嫁たちによって始まったのだと信じています」

蝶に加え、より伝統的な絵柄は桜の花、富士山、カニ、とんぼ、うさぎなど、多岐にわたる。その中にはかなり複雑なデザインがあり、それらを作るには相当の時間を要し、根気強さと熟練の技が求められる。

龍崎さんによれば、この料理は約100年前に遡るが、その由来はおそらく、はるか昔に祝宴で振るまわれた様々な握り飯にあるのではないかとのことである。

千葉県は、農作物や水産物が豊富で、特に20種類もの海藻類に恵まれていることで知られているが、太巻きは、かんぴょう、ほうれん草、桜でんぶなどの具材が千葉県に流入し、それらの具材からヒントを得て進化してきた。

60年以上の間に、様々な作品を作れるほど、絵柄数は増えてきた。

しかし、祝宴で振るまわれるものという考えは今も変わっていない。「太巻きはこれまで出産や結婚などのお祝いの席で、長い間振るまわれてきました」と龍崎さんは話す。そして、それぞれの村には地域共同の陶器や食卓食器類があり、さほど裕福でない家庭でもお祝いすることができたと説明した。

太巻きは、葬儀でも振るまわれているが、他の行事で使われる赤やピンクなどの明るい色は日本ではより一般的には幸運を連想するものとされているため除外される。

また、より伝統的な絵柄として、繁栄、長寿、幸運を意味する漢字表記の文字もあるが、どれも作るのに手間がかかると龍崎さんは話す。「この地域の人々は、行事の前にはおよそ3日間かけて、米の調達や味付けに始まり、太巻き作りの準備を始めます。それだけでも深いおもてなしの心を表しているのだと思います」と付け加えた。

伝統的に、米は塩や他の調味料ではなく砂糖で味付けされるが、これには最初に作った人の知恵を表すという別の側面がある。米は炊かれた後冷めると、含まれるでんぷんで硬くなるが、砂糖を加えることで硬くなる速度が遅くなると龍崎さんは説明する。

龍崎さんは70年以上前に太巻きに出会って以来、これまで伝統的な絵柄の作品を作るために尽力し続けてきただけでなく、新しい絵柄を創作し、「太巻き」という言葉を日本のみならず海外に広める取組を行っている。

「現在では100以上の絵柄があり、スペイン、ドイツ、トルコ、オーストラリアを始め様々な国で太巻きの作り方を紹介し、教えています。」と、千葉県の郷土料理特別研究員で、花味結(はなみゆい)という太巻きの伝統を守り広める地域団体の講師である峯岸喜子さんは話す。「こうした郷土料理の情報を広めたく、日本の豊かな地方文化への理解を深めている最中です」。