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Highlighting JAPAN

剣道、下駄と日本の精神

ブラジルから日本へやってきた剣道を愛する青年が、日本の伝統的な履物である下駄職人としての道を切り開いている。

東京の日本橋から京都へと太平洋沿いに結ぶ東海道は、1601年に整備された重要な街道で、その要衝の一つである静岡県静岡市は、古くから良質な履物の産地として知られている。静岡で1937年に創業した株式会社水鳥工業は、当初は伝統的な下駄を製造していたが、25年ほど前から改良を加えた履きやすい下駄を開発、販売している。下駄は、木製の台に布製の鼻緒をすげて作るもので、足の親指と人差し指で鼻緒を挟み込むようにして履く。同社の下駄はデザイン性が高くかつ履き心地も良く、現代の生活様式やカジュアルな服装にも良く合うため、幅広い年代の人々に人気となっている。

ブラジル出身のマルコス・ダ・パズ・ブルーンさんは、水鳥工業で日本人の職人とともに下駄作りに取り組んでいる。

「黒沢明の映画などで登場人物が履いている下駄に憧れていました。下駄を履いて歩くと木の良い音が心地よく、その姿がかっこいいのです」とマルコスさんは下駄職人となったきっかけを話す。

「日本では家も木で造りますし、生活の道具も木でできた良いものがたくさんあります。木の下駄は、とても日本らしさが感じられて大好きです」とマルコスさんは語る。彼は、幼い頃から日本文化に興味を抱き、リオデジャネイロで日系人が開いていた古武道道場に通って剣術や薙刀などの武芸を学んでいた。その道場で剣道の試合のために日本からやってきた日本人女性と知り合い、結婚。子供が生まれたのを機に2012年に妻の実家がある静岡市に移り住んだ。

マルコスさんが感動したのは富士山が新しい家のすぐ近くにあったことである。「リオでも、剣術の先生たちに、富士山のように、威風堂々、正々堂々と戦いなさいと教わりました。それは人生も同じで、困難から逃げてはいけないとも教わりました。本物の富士山の雄大で美しい姿を見て、やっと心からその意味が分かりました」とマルコスさんは言う。

マルコスさんは最初の1年ほど、茶農家である妻の実家の仕事を手伝いながら日本語の勉強をしていたが、義父の知合いに紹介されて、2013年に水鳥工業に入社した。まだ日本語も完璧には理解できない上に、下駄作りは細かい微妙な作業が多く苦労したが、職場の先輩たちの指導で少しずつ技術を身に付け、今ではマルコスさんが後輩を指導する立場となった。

マルコスさんが手掛ける中で一番のお勧めは檜の下駄である。下駄は素足で履くため、木質が柔らかい檜の肌触りは格別に気持ちが良い。その上、檜は木目も美しく、とても良い香りがする。水鳥工業の下駄に使う檜は静岡県産。静岡は家具や仏具といった木製品の製造が盛んな地でもある。水鳥工業では、静岡の家具作りの技術を取り入れ、下駄の台が薄くても十分な強度を得られるように加工している商品もある。その他には台が足の形にフィットし軽い履き心地を得られ、大切に使えば長年履き続けることができるのが特徴だ。

マルコスさんは、修理の仕事に特に力を入れている。すり減った台の底を補修し、欠けた部分があればもとの形や色を保ちつつ、履くお客さんの気持ちを思いながら丁寧に修理する。もう一つ、マルコスさんが特に注意を払い、心を込めて作るのが、子供用の下駄である。「足の指を曲げる力、地面をつかむ力を鍛えるのに効果的な下駄は子供にとって良い履物です。子供たちが履きやすいよう、鼻緒を取り付けるとき硬くならないように加減するのが難しいところです」とマルコスさんは優しい笑顔で話す。もちろん、マルコスさんの幼い子供たちも、マルコスさんが作った下駄を愛用している。

マルコスさんは、今も剣道の稽古を続けている。稽古の相手は、市内の子供たちに剣道を教える義父である。礼節を重んじ人を敬う剣道の稽古から、日本の精神も学べるとマルコスさんは考えている。「すべての日本文化の基本にあるのは、相手のことを思いやる気持ちだと思います。私は下駄を世界に広めたいと考えていますが、そのときは、奥深い日本文化も一緒に伝えたいと思っています。そのためにはまだまだ修行が必要です」とマルコスさんは言う。