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Highlighting JAPAN

小さな泡の大きな力

日本で開発された「マイクロバブル」技術が幅広い分野にインパクトを与え、現在マイクロバブルを用いた「ドラッグ・デリバリー・システム」では期待が高まっている。

“マイクロバブル”は直径100μm (0.1mm)以下の気泡の総称で、日本では1990年代に研究が始まった。その特徴は気泡の上昇速度が非常に遅いことで、例えば、直径10μmの場合、静止状態の液体中を1分間で約3mmしか上昇せず、液体中に長く滞留する。非常に微細な泡は発生数が多く、液体内に占める表面積も大きくなる。その特徴を活かして、排水処理、洗浄、魚介類の養殖、野菜の水耕栽培、美容、家庭用風呂など広く応用されている。

「通常の気泡にも汚れを吸着する性質がありますが、マイクロバブルは、その特徴から、さらに多くの汚れを吸着することができます。しかも洗剤ではないので環境負荷もありません」と山形大学大学院理工学研究科の幕田寿典准教授は言う。

汚れの吸着以外にも、マイクロバブルは液体中に気体を大量に溶かすことができる性質があり、マイクロバブル状の酸素を溶かした水を利用することにより農作物の改良や魚の成長を促進した事例が報告されている。あるマヨネーズは、使用する窒素をマイクロバブル状にして安定的に分散する技術により食感を改良し、商品化されたりしている。

マイクロバブルを発生させる技術も進歩している。これまでのマイクロバブル生成は、気体と液体を高速旋回させて気体を小さくせん断する方法が主流であったが、幕田准教授は「中空超音波ホーン」という装置を使った方法を開発している。これは、チタン合金製のノズルと超音波を発生させる振動体を一体化させた装置である。装置に気体を送り込むと、超音波の振動によってノズルの先端からマイクロバブルを大量かつ安定的に発生させることができる。

幕田准教授は中空超音波ホーンの様々な分野への応用の可能性を研究している。そのような応用の一つは、水道水や食品の殺菌や室内の消臭など幅広く利用されているオゾンのマイクロバブルによって殺菌力を高めることである。これまでの中空超音波ホーンを用いた実験では、水中の大腸菌の滅菌時間を大幅に短縮する成果を得ている。

また、従来は水以外でマイクロバブルを作ることは難しかったが、中空超音波ホーンによって溶融金属を始め様々な液体でマイクロバブルの発生が可能になっている。例えば幕田准教授は瞬間接着剤の成分であるシアノアクリレートを使ってマイクロバブルを発生させることに成功している。通常、シアノアクリレートを蒸気にして水中に入れても直ぐに固まり泡は発生しない。しかし中空超音波ホーンを使うとマイクロバブルが発生し、その表面はシアノアクリレートが凝固することで、直径2μmの中空構造のマイクロカプセルが出来上がる。

このカプセルは、例えば、X線や超音波などを用いた画像診断を行う際に患者に投与される造影剤など医療分野への応用が可能である。現在の超音波診断装置では血流を可視化することには限界があるが、マイクロバブルは特定の周波数の超音波をよく反射する性質があるため、血流をより鮮明に観察することが可能になる。マイクロバブルの応用へのもう一つの期待としては、必要な場所に必要な量、必要な時間に限定して抗がん剤を投与するがん治療における「ドラッグ・デリバリー・システム」がある。抗がん剤を表面に吸着させたマイクロカプセルをがん細胞に投与することで副作用を最小限に止めることができる。動物実験段階だが、シアノアクリレートのマイクロカプセルの安全性が確認されている。

「患者さんごとにカスタマイズした薬を手軽に作ることも可能だと思っています。今後、医学、薬学など様々な分野の専門家とネットワークをさらに広げて、実用化につなげる研究を進めていきたいと思っています」と幕田准教授は言う。

現在、日本の産官学は共同でマイクロバブルの世界的な発展を目指し、国際基準化機構(ISO)におけるマイクロバブル国際規格の創設を推進している。

小さな泡に、世界に大きなインパクトを与える力が秘められている。