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Highlighting JAPAN

人のための建築

手塚建築研究所の建築家夫妻が手掛けたドーナッツ型の幼稚園は、建物としての従来の機能を超える効果を生み出している。

1971年に開園し2007年に建て替えられた東京郊外の立川市の「ふじようちえん」は、建て替えによって日本で最も有名な幼稚園の一つとなった。入園希望者も多く、全国からの見学者も絶えない。人気と注目の理由は「園舎は巨大な遊具」というコンセプトで改修された斬新な園舎にある。中庭をぐるりと取り囲んだ平屋の園舎は外周約183メートルのドーナツ型。園舎は柱と窓枠構造で全面ガラスの引き戸になっており、各部屋を仕切る固定の壁はなく、園舎全体が一つの大きな空間となっている。屋根全体にはウッドデッキが張られ、園庭を兼ねている。

3本のケヤキが園舎の屋根を貫いて伸びている。開園当時から生えているもので、樹齢約50年、高さ25メートルを超える。ケヤキの幹と屋根の間には頑丈な安全ネットが張られており、園児たちは飛び跳ねたり、大きく枝を広げたケヤキに登ったり、デッキを走りまわったりして、歓声を上げて思い思いに遊んでいる。

園舎の改修設計を担当したのは、手塚建築研究所の手塚貴晴・由比夫妻である。

「園児たちは屋根のデッキに上がると、自然に走り回ります。子供は皆、同じところをぐるぐると走り回るのが好きなのですね。デッキには固定の遊具を設置しませんでしたが、子供たちには自分で遊びを発見する手掛かりがたくさんあるようです」と由比さんは言う。

園児たちの歓声や先生の声、ピアノの音色や歌声など、様々な音が入り混じって園舎を抜けていく環境は、園児たちが自分に必要な情報を聞き分けようとする集中力を養う。また、陸上競技のトラックのように走れる屋上は、園児たちの体力向上に大きく貢献している。ある大学の調査によれば、園児たちは一日平均約4~6キロメートル移動しているという。加えて、先生の目も行き届き園児が孤立することもない。

こうした教育環境が評価され、ふじようちえんは2007年にグッドデザイン賞(参照)、また2011年には経済協力開発機構(OECD)の効果的学習環境センターが出版する効果的学習施設好事例集の最優秀賞など、国内外で数々の賞を受賞している。

「私たちにとって建築は目的ではありません。建築によって何が起きるかが大切なのです。ふじようちえんには、耐震、音響、照明など様々な部分で最新技術が使われていますが、一見しても気付きません。人間が技術を意識することなく、人間に備わった当たり前の感覚を自然に呼び起こすことが重要なのです。必要であれば、技術はそのために使うのです」と貴晴さんは言う。

手塚建築研究所はふじようちえん以外にも住宅、病院、教会など様々な建築を手掛けている。

例えば、日本ユニセフ協会からの依頼を受け、2011年の東日本大震災による津波で園舎を失った宮城県南三陸町のあさひ幼稚園の設計を手掛けた。2012年7月に町の高台に再建された平屋の園舎には、柱や梁、手すりや床などの建材に津波の塩害で枯れた杉の大木が活用され、金具は使わず、部材同士をかみ合わせる伝統工法が用いられた。園舎は正方形で、雨や雪を防ぐ長い軒が四方に張り出し、その下には園児たちが走り回れる広さの回廊が作られた。2016年11月には3棟の園舎が増築され、4棟すべての園舎が木製の階段や廊下で一つにつながった。

「あさひ幼稚園は津波の教訓を後世の人々に伝えることができるだろうと思います。私たちは一貫して『人間のために作る』という考えで建築に向き合ってきましたし、今後もそれは変わりません」と貴晴さんは言う。

手塚建築研究所は現在、日本を始め、アジア、ヨーロッパの教育施設や文化施設など、計画中のものを含め、30以上のプロジェクトに関わっており、今後数年の間に、それらが具現化する。彼らの建築がもたらす影響に注目である。