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Highlighting JAPAN

反射する「目」

荒神明香氏は、鑑賞者を異世界へと誘う美術作品を発表している。

常識や固定観念にいっさい囚われることのない幼少期の子供たちにとって、自然現象は驚きや不思議や怖さに満ちている。美術作家である荒神明香氏は、そうしたピュアな感覚を芸術作品によって表現し、鑑賞者の意識を現実から切り離して異世界へと直感的に導いていく。

「幼稚園の時に仰向けになって体操していた際に、空の質感に体が吸い込まれそうな怖さに捕らわれるなど、小さい頃から様々な感覚を抱いていました」と荒神氏。母親から「それはあなたにとって大事なことだから、忘れないでいたほうがいいよ」と言われたこともあり、彼女は少女の頃から自分の不思議な体験を人に話し続けていた。

そんな体験とアートが初めて結びついたのは、中学3年生の時。広島市現代美術館で出合ったイギリスの若手アーティストたちの作品群がきっかけだった。「どの作品に対しても、それまで不思議だと思って人に伝えてきた行為にすごくリンクするものを感じて、衝撃を受けました。こんな表現が成立するのだということを、この時初めて知りました」。

荒神氏は迷うことなくアートの世界に進むことを決心し、東京藝術大学先端芸術表現科に入学した。才能はすぐに開花し、卒業制作として発表した作品『reflectwo』は、大学が学科ごとに毎年1点だけ買い上げて東京藝術大学大学美術館に所蔵する「2007年度卒業制作買い上げ賞」に輝いた。これは川の流れが止まった瞬間に水面に映り込んだ風景にインスピレーションを受けて制作された作品である。水面に岸辺の植物が映っているように、作品の中心線から、上下対象に色鮮やかな造花の花びらが重ね合わせられている。『reflectwo』はその後、サンパウロとニューヨークの美術館でも展示された。

2009年に同大学院を終了してからも荒神氏は積極的に作品を発表し続けて注目を集めた。

「目」

2012年には南川憲二氏、増井宏文氏と現代芸術活動チーム「目」(め)を結成して個人制作にピリオドを打ち、新たな芸術表現に踏み出した。「3人が本気を出し合えば、今までのそれぞれの作品を超えることができると思ったからです」と荒神氏。「アイデアの発想、総合ディレクション、制作への落とし込みと、3人には基本的な役割分担があります。様々な現象を作品化するという私の発想の原点は変わりませんが、完成に至る過程は全く異なるものになりました」。

「目」の代表作の一つに、2014年に宇都宮美術館の館外プロジェクトとして発表した『おじさんの顔が空に浮かぶ日』がある。荒神氏が中学生の時に見た「町の空におじさんの顔が月のように浮いている」夢に基づいて、218人の写真応募者の中から1人の顔を選んで巨大な立体物にする。それを、2日間にわたって町の空に高々と浮かび上がらせて大反響を呼んだ。「泣き叫ぶ子供、笑い転げる大人、橋の上で涙するおばさんと、本当に様々な反応がありました」。

2016年にさいたまトリエンナーレで発表した『Elemental Detection』も脚光を浴びた。廃墟となった旧民族文化センターの敷地内にガラスのような素材で架空の池を創り出し、訪れた者を異空間へと誘い込んだのである。「鏡には空が映り込んで池に見えるので、トンボも間違えて卵を産みにくるほどでした」と荒神氏。「靴を脱ぎ、ズボンの裾をめくって池の上を対岸まで歩いたお婆さんからは、『生きているうちにこんな体験ができてよかった』と涙を浮かべて声をかけていただきました」。

「世界最速の芸術鑑賞」を謳い、JR東日本が2016年4月から上越新幹線の越後湯沢駅〜 新潟駅間で週末、人の目を引く鉄道の運行を開始した。「現美新幹線」と呼ばれる、そのカラフルに車体を塗られた鉄道には、他のアーティストとともに荒神氏の作品も車内に展示されている。『reflectwo』をベースにした作品で、「トンネルに入るとショウケースの光が反射してトンネル側の窓にも作品が映り、暗闇に浮かび上がっているように見えます」というように、乗客は移動空間ならではの芸術体験を堪能することができる。

「人が家を出て電車に乗って展示会場にいく動線までもが作品になる。そんな壮大なスケールのプロジェクトを考えています」と荒神氏は言う。「足を踏み入れることで、その人自身の日常が変わっていく。そんな奇妙な町があってもいいのではないでしょうか」