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Highlighting JAPAN

テストサブジェクト

「ロボットは東大に入れるか」人工知能「東ロボくん」による、日本の大学の中でも最難関とされている東京大学の入学試験を突破すべく、国立情報学研究所が中心となって進めている同名のプロジェクト。その意義と目的について、プロジェクトディレクターの新井教授に話を伺った。

国立情報学研究所(NII)が主体となって2011年度に始まった人工知能(AI)プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」が5年目を迎えた。東京大学は日本で最も入学難易度の高い大学で、各種世界大学ランキングにおいて毎年TOP100に名を連ねる。目標には2021年度までに東京大学の入試に合格できるAI「東ロボくん」開発を掲げるが、もちろん、入試の突破がゴールではない。プロジェクトディレクターのNII情報社会相関研究系教授 新井紀子氏に聞いた。

「本プロジェクトの目的は、東ロボくんの進化を通じて、AIができること・できないことを社会に正確に示し、将来、ホワイトカラーの仕事をどの範囲までAIが代替し得るかを提示することです。大学入試を選んだのは、日本のホワイトカラーが行う知的作業の象徴的な存在だと考えたからです。大学入学試験はデータ量としては非常に小さいのですが、ネット上の有象無象の情報も含まれるビッグデータに比べると極めてクリーンで、間違いがなく精度が大変高い。これをAIがどれだけ深く学べるかを追究することで、ビッグデータが主流であるアメリカなど他国のAI研究と差別化を図ることもできます」。

では、このプロジェクトの進展によって私たちはどんな利益を得られるのか。その答えにひもづいているのが、現在、東ロボくんが最も得意とする科目・世界史だという。

「最新の模試では平均点を30点上回る76点を獲得しました。大きな要因なのが人間なら大前提として知っていること、例えば『人間は死後、何もイベントを起こすことができない』『宗教を広めるのはモノではなく人間』といった常識=オントロジーを数千種、AIに入力したこと。この成果は、将来、インターネットの検索エンジンや機械翻訳の精度向上に結びつく可能性があります」と新井氏は考える。

また「東大入試を突破するAI開発」という、前代未聞の取り組みであることが、日本の将来に好影響をもたらすとも話す。「東ロボくん開発は、NIIだけでなく日本を代表するIT系企業や大学が参画する産学連携プロジェクトです。普段は競合関係にある企業が関わっていますが、まったく色のついていなかった案件だけに各社がニュートラルなスタンスで純粋に腕を競える環境が作られているのです。従来、産学連携といえばプロダクト開発を主目的とした垂直統合型が一般的でしたが、それと対極に位置するオープンイノベーションの場と言っていいでしょう。そのためNIIや各大学=『学』がつくった理論が、これまでになかった速さで企業=『産』に移転し、実装されています。そのおかげでAIが具体的に社会のどの場面で使えるか、費用対効果はどうかなど実用性を早く推測できますし、ひいては日本の産業の発展を促し、GDPが伸びることも期待できます」。

今後、東ロボくんがどんな課題を克服すれば、日本のロボット技術の進歩につながるのか。「その科目はズバリ、物理です。例えば、自動運転技術を搭載した車が突然の落石を避ける、あるいは災害救助ロボットががれきの下に生き埋めになった人間を助ける。こうした場面では、その時々で岩のサイズや数、落ちる場所、がれきの重なり方などが異なるため、過去の事例に基づいた統計学的判断が通用しません。したがってAIにも物理法則をしっかり理解することが求められるのです。東ロボくんが、大学入試センター試験の物理の問題をどれだけ解けるかはその重要な第一歩になります」。

2019年には、現在の大学入試センターによる試験が廃止され、2020年以降は知識詰め込み型から主体性や思考力を重視する内容の試験に変わることになっている。この大転換にも東ロボくんが大きく関与するという。「この教育制度変更の背景には東ロボくんの登場が影響していると私は考えています。2020年までにはさらに研究が進んで、AIの得手・不得手がより明確になるでしょう。その結果をフィードバックすることで、教育界が人間ならではの能力を発揮しやすい分野を見極め、深く追求してくださるのであれば、我々としては大変ハッピーです」。