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Highlighting JAPAN

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科学と技術

千葉大学における「植物工場」研究プロジェクト 



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食料自給率の低下や世界規模の気候の変化に関する不安が高まる中、環境条件の制御を可能にする栽培や収穫技術に注目がますます集まっている。このような農作方法のシステムは「植物工場」と呼ばれている。千葉大学柏の葉キャンパスでは、この革新的な技術を用いて、日本で自然に依存していた伝統的な農作物の栽培を、環境制御や網羅的な計画に基づいた栽培や管理を通して、不確定な未来や厳しい環境状況においても新鮮で理想的な野菜の生産が可能なものにしている。

2011年に70億人を超えた地球人口が、2050年には90億人を超えると予想され、食料の増産が世界的に大きな課題として挙げられている。そこで近年注目を集めている「植物工場」は、そんな課題に対する解決策の一つとなりうる。温度や光の強さ、湿度、通風、CO2濃度などを作物の生育に好適な値に維持する装置を設置することでより高い品質と生産力を計画的に実現しようというもの。植物工場は、太陽光利用型と完全人工光型、太陽光と人工光の併用型の3つに区別される。

では、いわゆるグリーンハウスと植物工場は、どの点において違うのか。植物工場は環境コントロールの水準だけではなく、作物の生育に必要な多くのファクターを制御することにも優位に立つ。さらに、作物の栽培に土を使わず、培養液を用いる。これは厳しい環境や農作物の被害に抗するための最先端のソリューションであり、グリーンハウスより質の高い野菜を栽培することができる。

植物工場プロジェクトに携わるのが千葉大学大学院園芸学研究科教授で農学博士の丸尾達氏だ。彼のチームでは、現在、5つの太陽光型植物工場、2つの完全人工光型植物工場の実証実験が成されている。プロジェクトは、農水省の支援事業でもあり、60社以上の民間企業が関わっている。

植物工場は、生産性が特に目立つ。面積が1000㎡の人工光型植物工場で栽培棚が10段あった場合、リーフレタスは1日当たり約7500株、年間約250万株の生産が可能だ。これは露地栽培における年間生産能力の100倍以上となり、今後この生産能力はさらに増大すると見込まれている。

近年は新たにLEDランプが次世代型光源として研究開発が進んでいる。過去数年間におけるLEDのコストパフォーマンスは著しく向上し、人工光型植物工場におけるLEDの実用化が現実のものとなり、今後急速に増えると予測される。

これまでは、“安定供給”“安心安全”がキーワードだったが、近年では培養液の調整や照明を工夫することによって栄養素の含有量をコントロールした野菜の生産が可能となった。たとえば、腎臓病患者に向けた低カリウムレタスなど、健康状態に合わせた野菜の提供が実現化したことで、植物工場は医学と農学が高度に融合する一歩前進した段階に来ているといえよう。

今後の課題としてはやはりコスト縮減が挙げられる。「コスト削減は常に課題として掲げられ、例えばリーフレタスの生産コストは現在1株当たり58円まで下がっていますが、より広く流通させるには、さらなるコスト削減の実現が必要不可欠です」と丸尾博士は語る。「植物種の改良やマーケットの絞り込みは、コストを抑えることにつながるでしょう。さらには、生産ロスが少ないことも影響しています」。レタスを例に挙げると、通常栽培の場合は50%近くが廃棄対象となるが、植物工場で栽培されたレタスの重量損失は5%以下である。

植物工場のもう一つの利点として、健康リスクの低い無農薬栽培であることで、洗浄に使う水の使用量が減り、人件費や水道代の削減にもなる。さらに、植物工場内で環境制御ができるため、消費者が住む都市に近い場所に施設を建設することもできる。これにより、配送や輸送の面でのコスト削減にもつながる。

日本の植物工場は海外にも輸出され始めている。株式会社みらい(千葉県松戸市、嶋村茂治社長)は、地元飲食店や食料品店への供給のため、人工照明を使った水耕栽培型の植物工場のモンゴルでの建設を予定している。寒さが厳しいモンゴルでは冬に屋外で野菜を栽培するのは難しく、植物工場での栽培により年間を通して新鮮な野菜を提供できるようになる。設置環境を問わない植物工場は南極の昭和基地でも活躍している。昭和基地にある小さな植物工場では緑の野菜が育てられ、観測隊員たちはここで採れた野菜で不足しがちな栄養を補っている。また、家庭用のミニ植物工場キットも近年相次いで販売されている。

取り組まなくてはならない課題もいくつか残っている。このような計画に基づいた植物栽培は、エネルギーの使用量が大きいためにコストが高く、市場シェアがまだ低い。おそらく、どんな不確定な天候変化や不利な農業環境においても、十分に発達した科学技術は、われわれの日々の生活に新鮮な野菜や果物を提供することができるだろう。



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