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連載|科学・技術

多剤耐性菌の克服に向けて(仮訳)

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抗生物質が効かない細菌である「耐性菌」が多くの国々の医療現場で問題となっている。微細加工技術を駆使し、この耐性菌をわずかな時間で検出する手法を、東京大学と大阪大学の共同研究チームが開発した。研究チームの中心メンバーである東京大学大学院講師の飯野亮太博士に、山田真記が話を聞いた。

近年、抗生物質などの薬剤が効かない耐性菌、特に複数の薬剤に対して耐性を持つ「多剤耐性菌」による感染症が病院内で広がり、入院患者の命を脅かす事例がしばしば発生している。

「健康な人であれば多剤耐性菌が体の中に入っても、すぐに病気になるわけではありません」と東京大学大学院工学系研究科講師の飯野亮太博士は話す。「しかし、ガン患者など免疫力が低下している人は、多剤耐性菌による感染症にかかりやすく、いったん感染症にかかると抗生物質が効かないため、最終的に死に至るというケースが少なくないのです」

多剤耐性菌による感染症の悪化や、感染症患者の拡大を防ぐためには、まず入院患者の血液を検査し、細菌の種類を特定、さらに、患者の隔離や薬の投与などの適切な処置を行うことが求められる。命に関わる問題だけに、こうした対策には一刻の猶予も許されない。細菌を特定するために従来は、細菌を寒天培地(培養液に1〜3パーセントの寒天を加え固化させた培養器)で培養し、細菌を増殖させ、その種類を特定するという検出手法がとられてきた。しかしこの手法だと、判定までに18時間もの時間がかかるという大きな欠点があった。飯野博士を中心とした研究チームは、多剤耐性菌の一つ、多剤耐性緑膿菌(MDRP)を2〜3時間で検出するキットの試作品を昨年発表した。MDRP は3種類の抗生物質が効かない細菌で、近年、国内外で院内感染による死亡の大きな要因の一つとなっている。この技術の鍵となるのが、微細加工技術を駆使し作製した「マイクロ流路デバイス」と呼ばれる装置だ。

「私たちが開発したマイクロ流路デバイスは、マイクロメートル単位の非常に狭いエリアで細菌を培養することによって、正確かつ短時間でMDRPを検出することを可能としました」と飯野博士は言う。「MDRPなど多剤耐性菌を迅速に検出するキットの市場規模は、国内だけで290億円はあると考えられています。現在、他の多剤耐性菌への応用や、キットの大量生産にむけた研究開発を進めています」


薬剤排出活性

さらに、飯野博士らの研究チームでは、細菌が多剤耐性を獲得する要因の一つである、細菌の「薬剤排出活性」の迅速な検出手法についても、大きな成果をあげている。細菌の薬剤排出活性とは、細菌が薬剤を細胞内から排出してしまうという現象だ。

これまで、細菌が薬剤排出活性を持っているかを判定するには、寒天培地に細菌を培養する方法で、15時間もかかっていたが、研究チームが開発した方法を使えば、わずか15分で判定することが出来るのだ。この方法にも、微細加工技術が活かされている。それが、「1細胞薬剤排出アッセイデバイス」だ。アッセイデバイスは、直径が10マイクロメートル(1マイクロは100万分の1)の微小な穴が多数並んだ板である。これに数多く細菌が含まれた溶液を落とすと、細菌は、その微少な穴に一つ一つ「隔離」される。これに細菌の細胞内に運ばれると分解されて蛍光色を発する化合物を加える。すると、薬剤の排出活性がない細菌は15分ほどで光るが、排出活性がある細菌、つまり、多剤耐性をもった細胞は光らないのだ。アッセイデバイスは、一つ一つの細菌を検査できるので、排出活性がある細菌をより正確に検出できる。

「この手法を利用すると、細菌が薬剤排出活性を持っているかの判断だけではなく、薬剤排出活性を持つ1細菌を回収して、排出活性の原因となる遺伝子を分析することも可能となります。遺伝子を分析できれば、多剤耐性菌による感染症の治療薬の開発にもつながります」と飯野博士は話す。

欧米でも同様の研究が進められているが、これほど迅速に細菌の薬剤排出活性を検出する手法は確立されていない。

この9月、研究チームはこの手法を国際特許申請している。今後は実用化に向けた改良をさらに進め、数年以内に医療機関での院内感染の防止や治療に役立てることを目指す。

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