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安く、長持ちな人工心臓(仮訳)

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東京医科歯科大・高谷節雄教授と東京工業大の進士忠彦教授らの研究グループは、2011年、非常に安価で、耐久性の高い補助人工心臓の開発に成功した。佐々木節が報告する。

心臓に重い疾患をもつ人にとって、心臓移植は最後の切り札となっている。しかし、ドナーと巡り会えず、長期間にわたって手術の機会に恵まれない患者も決して少なくないのが現状だ。こうした人々を救うため研究開発されているのが、血液を体内に送り出す心臓のポンプ機能を代行する補助人工心臓(VAS)である。

VASは、ポンプの役割をする血液ポンプを体内に埋め込む「体内設置型」と、体外に出す「体外設置型」に分かれる。血液ポンプを体内にするか体外にするかは、患者の病状などの条件によって判断される。

「われわれが製品化をめざしているのは、1週間から1か月ほどの間、安全に使用できる体外設置型のVASです。これは心臓移植を待つ人、最適な治療方法を検討している人、手術などの治療に耐えうるだけの体力を創出しなければならない人にとっても、非常に有効な橋渡し役となります」と東京医科歯科大の生体材料工学研究所の高谷節雄教授は言う。「また、VASは、そうした橋渡し役を果たすだけではなく、心臓そのものの回復にも役立ちます。VASのアシストで心臓を一定期間休ませると、心臓の症状が手術や治療が必要ないレベルまで回復するケースも珍しくないのです。ヒトの心臓には自己回復能力が備わっているからです」

高谷教授らが中心となって開発を進めているVASは、流入・流出弁を必要とせず、羽根車を回転させることで、連続的に血液を流す「連続流型」と呼ばれるタイプだ。

「大きな特徴は、特殊なコーティングを施したポリカーボネイト製の羽根車を磁気によって浮上させ、完全非接触で回転させていることにあります」と高谷教授は言う。「いわば、磁力で車体を浮上させ、超高速で走るリニアモーターカーと同じ原理だと言ってもいいでしょう」

従来の連続流型のVASは、羽根車をベアリングで支持していため、羽根車とベアリングの摩擦により、熱が生じてしまった。その結果、血球破壊や血液の凝固(血栓の発生)が起こりやすく、24時間から48時間で、羽根車やベアリングが入ったポンプ部分を交換しなければならなかったのだ。

しかし、高谷教授らが開発したVASは、羽根車が非接触で回転するので、基本的には摩擦も発熱も起こらない。それゆえ、長時間にわたる連続使用が可能なのだ。羽根車が入った直径8センチほどのポンプヘッドと呼ばれる部分と、磁石やモーターが入った部分とを組み合わせた簡素な構造のため、現在市販されているVASの10分の1から20分の1という安価で販売できる見込みだ。重量も全体で数百グラムと非常に軽いので、患者への負担も少なく、持ち運びも容易だ。従来のVASは、大量の血液を充填する必要があったが、高谷教授らが開発したVASは小さな子どもへの装着も可能で、輸血なしで使用することもできる。

この新しいVASは子牛を使った動物実験で開発目標の2倍、60日間にわたりポンプ部分の交換無しでの循環維持を達成した。そして、2012年中には実際の心臓病患者への臨床試験開始を予定している。

この他にも、高谷教授らの研究グループは、羽根車の回りに永久磁石の代わりに、磁気を帯びた磁性軟鉄と呼ばれる鉄を使った、世界初の磁石レス磁気浮上タイプのVASの技術もすでに確立した。永久磁石には高価なレアメタルを使用しなければならなかったが、磁石レス磁気浮上ポンプが実現すれば、さらなるコストダウンも可能になるという。

磁気の力で浮き上がり、くるくる回る小さな羽根車が、いま心臓を抱える人々に大きな光明をもたらそうとしている。

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