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SCIENCE

クロイツフェルト・ヤコブ病の新たな診断法を開発(仮訳)

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脳に異常なタンパク質が蓄積する難病「クロイツフェルト・ヤコブ病(以下「CJD」と略す)」の新診断法を、長崎大学大学院の西田教行(にしだ・のりゆき)教授らの研究チームが開発し、今年1月30日付の米医学誌「ネイチャー・メディシン電子版」に発表した。未だ謎とされている部分が少なくない難病CJDの診断・治療の最新事情を山田真記がレポートする。

CJDとは、脳にあるプリオンタンパクというタンパク質が何らかの原因で構造変化を起こし、異常プリオンタンパクとなって脳に蓄積し、脳がスポンジ状に変化する病気である。感染してから発病するまでの潜伏期間が約10年と長いのが特徴だ。発病後の平均余命は約2年と言われているが、発病後半年ほどで自発運動ができない寝たきり状態になってしまうケースがほとんどだ。

CJDと同じ伝達性海綿状脳症の一種である牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy=BSE)に感染した牛の肉を食べたことや、CJDで亡くなった患者の臓器移植を受けた例などがいくつか確認されている。しかし、およそ80%のCJD患者については、感染原因が未だ不明のままだ。

CJDの患者は、全世界で年間100万人に1人程度の割合で発症しており、日本でも年間約130人の新たな患者が確認されている。平均発症年齢は60歳だが、稀に20~30代で発症するケースもある。

CJDの初期症状は、アルツハイマー型認知症によく似た進行性認知障害のほか、視覚障害やうつ病、歩行障害など様々だ。このため、初期の段階ではCJDの診断が難しく、病状が相当進行した段階、あるいは死亡後の病理解剖で初めて感染が確認されるケースがほとんどであった。

「CJDを治療する上では、少しでも早い段階で診断して、感染を確認することが非常に重要なのです」と西田教授は言う。

新診断法のメリット

これまで、生前にCJDの感染を確認するには、患者の脳組織の一部を採取して異常プリオンタンパクの有無を確認する「脳生検」というやり方が唯一であった。

「脳の組織を採取するということは、脳に傷を付けること。安全面から見てもこれは非常に大きな問題です。また、この診断法は脳外科医しか行うことができず、脳外科医を有しない病院では行えません」と西田教授はその問題点を指摘する。

これまでの臨床研究から、クロイツフェルト・ヤコブ病になると、脳脊髄液の中で、神経細胞内のタンパク質の14-3-3タンパクやタウタンパク質が比較的高い濃度になることが知られていた。西田教授はこのことから、CJDの原因である異常プリオンタンパクも、脳組織と比べてはるかに採取が容易な脳脊髄液中に検出できるのではないか、と思いついた。従来の検出方法では、超微量の異常プリオンタンパクは検出できないため、異常プリオンタンパクを試験管内で増幅する新しい方法「QUIC法」(Quaking induced conversion, QUIC)を開発した。その後、研究チームは改良を重ね、48時間以内に自動的に検出する「リアルタイムQUIC法」(Real-time QUIC)の開発に成功した。厚生労働省のCJDサーベイランス委員会の委託を受け、国内のCJDが疑われる患者の脳骨髄液検査(腰椎の間に背中から注射針を刺して採取)を開始。また、2009年より、オーストラリアの医療チームと共同して、CJDによる死亡患者約30人の脳脊髄液についてこの方法を試したところ、80%の精度で陽性であることを確認した。一方、CJD以外の脳神経変性疾患による死亡患者では100%陰性となり、「リアルタイムQUIC法」の精度の高さが実証された。現在、オーストラリアに加え、韓国、ドイツ、米国などと国際共同研究を進めている。

「この診断法により、脳骨髄液にわずかに含まれる異常プリオンタンパクを素早く、非常に高い精度で検出できるようになりました。また、脳組織を採取する方法と比べて安全性が高く検査方法も簡単なので、感染が疑われる患者の診断を行いやすくなったのです」と西田教授。

では、早期診断、早期発見によってCJDを治療することはできるのか?「残念ながら、CJDの治療法は、まだ確立されていません」と西田教授は言う。「現在、発病する前に投与して発病時期を遅らせる薬が開発され、治験として評価が進められている段階です」

CJDに有効な新薬を開発することは今後の課題となっている。しかし、脳脊髄液から容易にCJDの診断を行うことを可能にした西田教授ら研究チームの功績は、CJDの治療法確立に向けた大きな前進であることは言うまでもない。

注)タウタンパク質の異常化はアルツハイマー病の原因の一つと考えられている。

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