January 2024
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川端康成の代表作「雪国」の景色
1968年にノーベル文学賞を日本人として初めて受賞した作家の川端康成(かわばた やすなり。1899~1972)。その代表作「雪国」の舞台は豪雪地帯で知られる越後湯沢(えちごゆざわ)温泉*。作品の世界に浸ることができる場所を紹介する。
近現代の日本文学を代表する作家の川端康成。国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という書き出しの一節で有名な代表作「雪国」は、親譲りの財産で生活を送る妻子持ちの文筆家の島村と、雪国で出会った駒子(こまこ)という芸者との交流を主軸に、複雑な人間模様を叙情的に描いた物語だ。小説に登場する長いトンネルとは、群馬県と新潟県を結ぶ清水トンネル**のことであり、川端康成自身も1934年に機関車でこの長いトンネルを抜けて、越後湯沢温泉のある湯沢町を訪ねている。
川端康成の小説「雪国」と、湯沢の暮らしや歴史を中心とした展示を行っている湯沢町歴史民俗資料館『雪国館』のスタッフに話を聴いた。
「初めて訪れた際に良質の温泉や食事のおいしさなどから湯沢を大変気に入った川端は、約2か月後に再訪しています。諸説ありますが、私はその時に川端がヒロインである駒子のモデルとなった芸者、松栄(まつえ)に出会ったのではないかと思います。その後も3回湯沢を訪れながら、『雪国』を書き上げました」
川端が湯沢町を訪れるたびに宿泊した高半(たかはん)旅館は、現在も『雪国の宿 高半』として営業しており、川端が執筆した部屋「かすみの間」を見学することもできる。『雪国』は国内外で高く評価され、現在では世界中で翻訳・出版されており、海外から湯沢町を訪れるファンも多いという。
「雪国というタイトルではありますが、実は全編が雪の季節というわけではありません。川端も豪雪時期の湯沢には訪れておらず、雪に埋もれて生活する場面の描写は、それほど多くありません。しかし、冒頭の一節に続く「夜の底が白くなった」という表現に、雪国特有のしっとりした暗さや重さを感じます。深い山に囲まれた閉塞感のある寒村、またその地で健気(けなげ)に生きる人々の上に雪がしんしんと降り積もる。そんな情景が脳裏に鮮明に浮かぶのです。『雪国』を読むと、雪を見たことがなく、その情景を知らないはずの方でもなぜか白銀の世界が思い浮かび、雪景色へノスタルジーを感じるのでないでしょうか」
川端は、『雪国』に晩年まで何度も筆を加えていたという。
「亡くなる2か月前にも毛筆の『雪国抄』を遺していました。この作品には格別の思い入れがあったのではないでしょうか」
雪国館や高半の他にも共同浴場の「駒子の湯」や諏訪神社など、小説の世界に触れることのできる名所が残っている。今は東京から新幹線で越後湯沢駅まで約1時間と便利になっている。ぜひ一度、トンネルの向こうの雪景色を見に訪れてみてはいかがだろう。
* 新潟県南魚沼郡湯沢町周辺の温泉街の総称。以前は湯沢温泉とも呼ばれていたが、新幹線が開通した際に秋田県湯沢市との区別で「越後湯沢駅」となり、越後湯沢温泉という名称が一般的となった。
** 1931年完成。群馬県と新潟県をまたぎ、JR上越線が通行するトンネル。谷川岳の中腹を貫く、長さ9,702mの単線(上り線)の長大なトンネルであり、完成当時は日本一、東洋一、世界第9位の規模だった。