Skip to Content

December 2023

宇宙でのマウス飼育システムの開発-健康長寿、そして宇宙の有人探査への貢献-

  • 大西卓哉宇宙飛行士が小動物飼育装置のセットアップを行う様子 Photo: JAXA/NASA
  • 米国の船外活動(EVA)中に撮影された「きぼう」日本実験棟(JEM)の全景 Photo: JAXA/NASA
  • マウス飼育ゲージの遠心機への設置 Photo: JAXA
大西卓哉宇宙飛行士が小動物飼育装置のセットアップを行う様子 Photo: JAXA/NASA

地上から約400km上空に建設された巨大な有人実験施設である国際宇宙ステーション。その一部にある日本の実験棟「きぼう」では、地上に比べて重力の影響が非常に小さい特殊な環境(微小重力)を活かした実験や観測が行われている。「きぼう」における各事業を担う宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、2016年から様々な研究機関との共同研究をスタートさせているが、2020年度には「宇宙マウス飼育システム開発から健康長寿と有人探査への貢献」によって、共同研究機関の筑波大学とともに文部科学大臣表彰を受賞した。

宇宙に長く滞在すると、健康な宇宙飛行士でも骨や筋肉が弱くなり、バランス感覚や免疫力の低下が確認される。このような症状は、地上に暮らす高齢者やいわゆる寝たきりの状態の方と極めて近いという。

宇宙での長期滞在によって起きるこれらの症状のメカニズムを解き明かすことで、現在、日本を始め様々な国が直面している超高齢社会における健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)の延伸や、将来の宇宙の有人探査における健康保持といった課題に貢献できるのではないかと考え、発案されたのが「宇宙マウス飼育システム」だ。遠心機にマウスを個別に飼育できる小型のケージを設置することで、宇宙環境下でも人工的に重力を作り出して飼育できる装置である(添付のイメージ図、内部写真図及び設置を参照)。

マウス飼育ケージのイメージ図と内部写真
Photo: JAXA
マウス飼育ゲージの遠心機への設置 Photo: JAXA

これまでも、宇宙環境下でマウスを飼育すると人間と同じ様な変化が起こることは知られていた。しかし、地上のマウスと比較して、宇宙のマウスはロケットの発着時にかかる大きな重力負荷が実験結果に与える影響を無視できず、変化のメカニズムを正確に観測することが難しかった。

そこで「宇宙マウス飼育システム」では、宇宙空間の微小重力下のマウスと、人工的に作り出した地上と同じ重力(1G)の環境下のマウスを、他の条件を変えずに約1か月間飼育。結果としては1G環境下のマウスと地上飼育のマウスに差は見られなかったが、微小重力下のマウスには筋肉や骨密度に明らかな変化が見られ、今後の分子レベルでのメカニズム解明に向けて前進した。

また、月や火星への有人探査といった将来の宇宙開発を見据え、「宇宙マウス飼育システム」では、重力を月と同じ1/6Gに設定したマウスと、1G環境下のマウスを比較した。結果として、微小重力下で生じる筋肉の量的な変化は月面重力下では見られなかった。しかし、持久力に必要な遅筋から瞬発力に欠かせない速筋へと変わっていく質的な変化が見られ、重力が筋肉の量に対して与える影響と、質に対して与える影響は異なっていることを解明した。一般的に高齢者は筋力が弱くなり、動作がゆっくりになることが特徴とされているが、その要因の一つとして加齢に伴う速筋の減少が関係すると言われている。一連の実験の結果についての分析が、健康寿命の延伸につながる何らかの鍵になるかもしれない。

宇宙滞在で観察できる身体の変化は、地上での変化に比べて加速度的に進行するという。宇宙マウス飼育システムを用いた研究は、今後も地上の実験では得ることのできない知見をもたらし、健康長寿や有人探査に貢献する多くのヒントを与えることが期待されている。

米国の船外活動(EVA)中に撮影された「きぼう」日本実験棟(JEM)の全景 Photo: JAXA/NASA