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December 2023

ツルが模様としてデザインされた伝統的な着物

小袖 黒紅白染分綸子地鶴松花鳥文様(くろべにしろそめわけりんずじつるまつかちょうもんよう) 文化庁蔵
袖や身ごろにツルの様々な姿が細かに刺繍されている。 Photo: ColBase
  • 唐織 紅地花菱亀甲鶴菱模様(からおり べにじはなびしきっこうつるびしもよう)。ツルが菱形にデザインされた吉祥模様。ツルの口は閉じと開きで構成。
    東京国立博物館蔵
    Photo:ColBase

ツルがデザインされた模様は、めでたい時に用いられる日本ではなじみがある模様の一つ。着物を研究している専門家に話を聞いた。

「ツルを模様としてデザインした着物で代表的なものは、婚礼の打掛(うちかけ*)です。ツルと同じように、長寿の象徴であるカメや、同じく縁起がよいとされる松竹梅の模様とともにデザインされていることが多いです」と、東京国立博物館調査研究課の小山弓弦葉(おやま ゆづるは)さんは語る。

ツルが長寿の象徴、吉祥模様**として使われ始めたのは古代中国が発祥という。9世紀末〜10世紀ごろに神仙思想***が広まり、そのモチーフの一つとして、長寿である寿星(じゅせい)と福禄寿(ふくろくじゅ)という仙人がツルの背に乗って飛ぶ姿が、染織に表されようになった。その思想が11世紀ごろに日本に伝わってきたとされる。

「実際に日本に残っている作例としては、16世紀でもツルをデザインした着物は見られるのですが、より吉祥模様として意識されて広まるのは17世紀に入ってからです。武家女性が着用したと考えられる小袖(こそで****)の中に、「地無(じなし*****)小袖」という晴れ着があり、その着物にはツルカメ、松竹梅を刺繍し、地に赤白黒の3色を染め分けたものがあります。武家の女性が着用したこのデザインが、今の日本の婚礼の打掛に伝統として受け継がれています」

打掛にデザインされたツル模様は、夫婦を示すようにペアで飛ぶ姿に、夫婦円満、末長く幸せにという願いが込められている。「ツルの飛ぶ姿が舞うようで美しく、意匠としての美しさも人気となった要因の一つだと考えられます」。

色打掛は同じ模様で、地色違いの赤・黒・白の3色を着用していた。左右の袖につがいのツルが刺繍されている。 東京国立博物館蔵 Photo:ColBase

「日本を象徴する模様として菊も有名ですが、こちらは天皇家の家紋として用いられています。かたや、ツルの文様は宮中で使用されることがあっても、天皇家が専用に用いることはなく、民間に許された模様であったこともあり、それも広まった理由のうちの一つでしょう」。また、縁起のよい模様は、着用すること、身に着けることで身を守るという意味もあり、特に着物によく使われたという。

「ツルは必ず対で表されることも多く、口ばしを閉じているものと開いている阿吽(あうん******)で表現されています。そうすることで、より健やかに仲良く暮らせるようにという祈りの思いも込められています」。

日本人の願いや祈りをも表現する、対のツルの模様。意匠の意味を知るほどに、より着物への楽しみ、愛着も増すだろう。

唐織 紅地花菱亀甲鶴菱模様(からおり べにじはなびしきっこうつるびしもよう)。ツルが菱形にデザインされた吉祥模様。ツルの口は閉じと開きで構成。東京国立博物館蔵 Photo:ColBase

* 現在でも着用される、結婚式で花嫁が着る格式の高い着物。
** 良い兆(きざ)しやめでたいしるしを意味する模様の総称。中国の影響を受けたものが多いが、日本で生まれたものもある。代表的な模様は、ツルやカメ、松竹梅、四君子 (しくんし 蘭・竹・梅・菊のこと)、宝尽くしなど。
*** 不老長寿の人間、いわゆる仙人の実在を信じ,自らも仙術によって仙人になることを願った古代中国の思想。
**** 宮廷貴族や武将が礼装に用いる大袖に対し、袖口が小さくすぼまっており、袖の大きさも大袖よりも小さい衣服。今の着物の原型となった。
***** 地が見えないほど、全体に刺繍、絞りなどを緻密に施した生地。晴れ着に多くみられるデザイン。
****** サンスクリット語の1字目と最後の文字を音写したもので、密教では万物の最初と最後を象徴するものとした。最初と最後。また、呼気と吸気を表す。日本では「あうんの呼吸」という言い方に示されるように「長く共に過ごし、言わなくてもお互いを理解できる(ほどに仲が良い)」という意味もある。