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November 2023

日本の踊りにひかれて伝統的な日本舞踊の名取に

  • 国立劇場の外観(東京都千代田区)
    Photo: barman / PIXTA
  • 花柳絃十夢優さん(岡田ユピンさん)
    Photo: 花柳珠絃
  • 岡田ユピンさん
    Photo: 岡田ユピン
  • 2023年3月に国立劇場で上演された演目「うちわ売り」での写真
    Photo: 花柳珠絃
国立劇場の外観(東京都千代田区)
Photo: barman / PIXTA

タイ王国出身の岡田ユピンさんは、結婚をきっかけに1993年に来日した。2009年から日本舞踊を本格的に始め、10年の修業を重ねた。2019年には名取となり、花柳絃十夢優(はなやぎ・いととむゆう)として今も稽古(けいこ)に励んでいる。

来日前は病院で事務の仕事をしていたという岡田ユピンさん。タイで出会った日本人男性との結婚をきっかけに、1993年に25歳で来日し、東京で暮らし始めた。

「来日直後は日本語がほとんど分からず、苦労しました。でも最初は分からないのが当たり前。仕事や普段の生活の中で、少しずつ覚えていきました。」

岡田ユピンさん
Photo: 岡田ユピン

そんな中でユピンさんが出会ったのが、毎年夏に近所で開かれていた盆踊り*だった。地域の住民たちで集まり、その場で振付(ふりつけ)**を覚えて踊る楽しさに、ユピンさんは魅了された。

「職場の同僚や日本でできた友人たちと一緒に盆踊りに参加するのはとても楽しかったです。振付がわからなくても、他の人が踊っているのを真似するうちに、いつの間にか踊れるようになりました。」

日本で踊りの楽しさに目覚めたユピンさんは、新舞踊***を習い始め、めきめき上達。振付の覚えも早く、当時の先生から踊りの才能、センスを見出され、伝統的な日本舞踊を本格的に学ぶことをすすめられたという。そして、2009年に紹介されたのが、花柳流(はなやぎりゅう)****の師範で、ユピンさんが現在も師事する花柳珠絃(たまいと)さんだ。

「伝統的な日本舞踊の流派である花柳流の教室を紹介されたときは、大変なことになってしまったと思いました。まだ日本語もよく分かっておらず、私でも古典的な日本舞踊でやっていけるのかという心配もありました。でも、いざ新しい教室に通ってみると、先生や先輩も心の温かい良い人ばかりで、安心して続けることができました。」

花柳絃十夢優さん(岡田ユピンさん)
Photo: 花柳珠絃

最も大変だったのは、2019年に挑戦した名取*****試験だ。それまで師範の花柳珠絃さんから何度か声をかけられていたが、自信がなく、ことわり続けていた。しかし、仲の良い先輩弟子に背中を押され、挑戦を決意。そこから厳しい稽古の日々が始まった。

「仕事もある中、通常の稽古のほかに、名取試験の稽古もありました。『岡田ユピン』という外国人としては褒められても、名取になったら、うまくできて当たり前。観客の見る目も厳しくなりますし、何より自分自身の心構えも大きく変わります。」

試験当日は緊張で足がすくんだというユピンさんだったが、見事1回で合格。花柳絃十夢優(はなやぎ・いととむゆう)の名をもらった。

「絃十夢優の名は、いつも応援してくれている方が考えてくれました。師範の名前の一字である『絃』と、たくさんの夢を与えるという意味が込められた『十夢』、そして私の名前であるユピンの音を表した『優』の字を組み合わせています。」

今年で日本舞踊を始めて15年目になるユピンさん。「いつかはタイで子どもたちに日本舞踊を教えたい」と今後の目標を語ってくれた。

2023年3月に国立劇場で上演された演目「うちわ売り」での写真
Photo: 花柳珠絃

* 日本では、夏に先祖供養のために墓参りやお供えをする習慣があり、8月中旬が一般的である。そのお盆の時節、先祖を供養する行事として、あるいは行事として行われる踊りを指す。
** 舞踊で、音楽や歌に合わせて行う所作(しょさ)のこと。
*** 従来の古典的な日本舞踊の型とは異なる、西洋舞踊を加味した新しい型を目指した日本舞踊の総称。
**** 日本舞踊の流派の一つ。19世紀半ばに初代花柳壽輔(はなやぎ・じゅすけ)によって創立された。
***** 試験により一定の技量があると流派で認められた者が名乗れる一種の資格。名取になると、正式な芸名を名乗ることができる。(花柳流であれば、「花柳」のあとに個々人の名を付ける。)