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October 2023

重要文化財 小袖 黒綸子地波鴛鴦模様(こそで くろりんずじ なみおしどりもよう)
江戸時代・17世紀

  • 重要文化財 小袖 黒綸子地波鴛鴦模様 江戸時代・17世紀(東京国立博物館所蔵)
    鹿の子絞りと刺繡で模様を表わした晴着です。大きな波模様の間には雄と雌の鴛鴦(おしどり)が水面に浮かんだり波間を飛び交ったりしていて、夫婦円満であることを象徴しています。
    出典:ColBase
  • 重要文化財 小袖 黒綸子地波鴛鴦模様(部分) 江戸時代・17世紀(東京国立博物館所蔵)
    大きな波を表わした細やかな鹿の子絞りは紅と藍で染められています。その周囲に立ち上がる立波や水面は金糸で縫い取られ、豪華に煌(きら)めいています。
    出典:ColBase
  • 『新撰御ひいなかた』 江戸時代・寛文7年刊(東京国立博物館所蔵)
    江戸時代には、200種類以上の小袖模様の雛形本が刊行されますが、初めて刊行されたのは寛文6年(1666年)のことです。人気だったらしく、その翌年には再版本が出回りました。(写真は再版本)
重要文化財 小袖 黒綸子地波鴛鴦模様 江戸時代・17世紀(東京国立博物館所蔵)
鹿の子絞りと刺繡で模様を表わした晴着です。大きな波模様の間には雄と雌の鴛鴦(おしどり)が水面に浮かんだり波間を飛び交ったりしていて、夫婦円満であることを象徴しています。
出典:ColBase

日本の伝統文化の象徴でもある「キモノ」。その原点は、江戸時代(17世紀初頭~19世紀後半半ば)の「小袖」にあります。この時代に、宮廷の貴族や武家から庶民に至るまで、幅広い世代で表着として用いられるようになった小袖は、絞りや刺繡、型染などで華やかに装飾されるようになりました。今回は、江戸時代の小袖の歴史の中でもっとも革命的なデザインが登場した江戸時代前期(17世紀)の衣装を紹介します。

漆黒に染められた光沢のある綸子*地を背景に、弓なりに勢いよく波が立ち上がる模様が大胆にデザインされています。その周囲には、美しい彩りの鴛鴦(おしどり)が刺繡されています。江戸時代初期には刺繡や鹿の子絞り**で小袖を覆い尽くすような重厚で緻密な模様が主流だったのに、17世紀半ばに小袖のデザインは一変しました。のちに東福門院と称せられる、徳川幕府の第二代将軍・徳川秀忠(1579年〜1632年)の娘、和子(まさこ。1607年〜1678年)は、元和6年(1620年)、京都御所の後水尾(ごみずのお)天皇(1596年〜1680年)の元に嫁ぎました。そして、京都の呉服商・雁金屋(かりがねや)***に数多くの小袖を注文するようになりました。それは、これまで京都で流行していた衣装とは全く異なるデザインだったのです。四季草花や花鳥などの模様をまるで絵画のように小袖全体に大きく配し、左腰のあたりにわざと模様を置かない空間を作って弧を描くような構図にすることで、小袖全体にダイナミックな動きのある模様が生まれました。これまでにない斬新なデザインは、東福門院が住む御所にちなみ「御所染」と称されるようになり、京都市中で大流行することとなったのです。

重要文化財 小袖 黒綸子地波鴛鴦模様(部分) 江戸時代・17世紀(東京国立博物館所蔵)
大きな波を表わした細やかな鹿の子絞りは紅と藍で染められています。その周囲に立ち上がる立波や水面は金糸で縫い取られ、豪華に煌(きら)めいています。
出典:ColBase

寛文(かんぶん)6年(1666年)には、初めての小袖模様専門の雛形本****『新撰御ひいなかた』が版本(はんぽん)*****で刊行されました。その中には、東福門院好みの大胆なデザインが数多く掲載され、当時、いかにこの斬新で大胆な模様がもてはやされていたのかがうかがえます。雛形本に描かれる模様の中には、とても小袖模様とは思えないような遊び心のあるデザインも見られ、それらがやがて町人の間でも流行することで、衣装にも自由で機知に富んだ模様が広まっていったことがうかがえます。

そのような流行を背景にこの小袖を見つめ直すと、実はこの模様にも様々な遊び心が見えてきます。例えば、大胆な動きを見せる波の模様は三角形をとがらせたような形になっており、その中には網目模様が紅と藍の鹿の子絞りでデザインされています。波のようでありながら、実は、海辺に干された魚を捕る網を表わしています。さらに、よくよく見ると、その網の周囲にはぽつぽつと間隔をあけて緑の葉っぱのようなものが刺繡されています。一体、何を表わしているのでしょうか。これは、先をとがらせて土の中からにょきにょきと伸びていく筍(たけのこ)なのです。子どもがすくすくと成長することを祈る「筍」の模様と、夫婦円満を表わす「鴛鴦」の模様を合わせるといったように、さまざまな意味を持つ模様が掛け合わされることで、この小袖には吉祥の意味が込められたのでした。

『新撰御ひいなかた』 江戸時代・寛文7年刊(東京国立博物館所蔵)
江戸時代には、200種類以上の小袖模様の雛形本が刊行されますが、初めて刊行されたのは寛文6年(1666年)のことです。人気だったらしく、その翌年には再版本が出回りました。(写真は再版本)

* 経緯(たてよこ)とも生糸を用いて地文様を織り出した後、精練することで光沢がある滑らかな白絹の織物となる。江戸時代、高級な小袖を仕立てる際に、もっともよく用いられた絹織物である。
** 絞り染めの一種。糸で絞って染めることで、小さな、白い輪の文様が、鹿(しか)の背のまだらのように表されている。
*** 尾形光琳の実家。9月号「キモノの美」参照
**** 小さくかたどった図案や意匠を集めた見本帳。ファッションブックや注文帳としての役割も果たした。
***** 江戸時代前期に始まった版木に文字や絵を彫った木版で印刷した本。