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September 2023

近世石橋の傑作「通潤橋」

  • 石造りアーチ型水路橋の中でも唯一設置されている放水機能
    Photo: 山都町役場
  • 年間を通じて、決まった時間に橋の中央から放水する通潤橋
    Photo: 山都町役場
  • 6月中旬に「通潤橋」下の田で雨乞いや豊作祈願を目的に開かれる「御田植え祭」
    Photo: 山都町役場
  • 3つの放水口からダイナミックに放水する様子。
    Photo: 山都町役場
  • 橋の上からの見学も可能。
    Photo: 山都町役場
石造りアーチ型水路橋の中でも唯一設置されている放水機能 Photo: 山都町役場

日本最大級のアーチ型水路橋である通潤橋(つうじゅんきょう)。橋の中央から豪快に放水される様子から「虹の架け橋」とも呼ばれており、今年9月に国宝に指定された。橋の魅力について、熊本県山都町(やまとちょう)の担当者に話を伺った。

日本の九州の中央部、熊本県阿蘇山の山麓に広がる山都町。三方を深い谷で囲まれる白糸台地に現われるアーチ型の石橋が通潤橋だ。笹原川の水を白糸台地に送る役目を持っており、水路の長さ約119m、橋の長さ約78m、幅6.6m、高さ21.3m、アーチの直径約28.1mと非常に勇壮な姿をしている。

年間を通じて、決まった時間に橋の中央から放水する通潤橋 Photo: 山都町役場

もともとは農業用水路の一部として造られた水路橋で、1854年に架けられた。

「当時の白糸台地では地形的な制約により、農業用水の安定的な供給システムがなく、湧き水などを利用した生産性のよくない農業しか行えませんでした。困っていた民衆のために、地元・矢部の惣庄屋*・布田保之助(ふた やすのすけ)を中心とした当時の地域行政が主体となり、通潤橋を造りました。布田は通潤橋の他にもたくさんの用水路や石橋をつくった矢部地域の功労者で、通潤橋のそばに銅像が建てられています」

6月中旬に「通潤橋」下の田で雨乞いや豊作祈願を目的に開かれる「御田植え祭」 Photo: 山都町役場

通潤用水の水路として建造された石橋は、その上部に通水管3本を据え、高低差を利用して水を通すという独創的な構造が特徴。

「通潤橋の通水管は、北側の水路の取入口と南側の吹上口の高低差(約2メートル)を利用して、橋より高い白糸台地に勢いよく用水を吹き上げる構造で、吹上樋(ふきあげとい)と呼ばれています。この吹き上がる水の力でもこわれない丈夫な通水管をつくるため、石造りの管の継ぎ目に「漆喰(しっくい)**」を使う方法がとられています。吹上樋は石製で非常に重量があり、その重さに耐えつつ安定し耐震性を高めるため、熊本城の石垣を参考とした「鞘石垣(さやいしがき)***」を導入するなど、さまざまな工夫をこらしています。そして、橋の中央の両側(上流側に2つ、下流側に1つ)に、放水口が設置されており、普段は栓で閉じられていますが、時々、栓を開けて放水します。その目的は、通水管の中に溜まった土砂やゴミの排出で、通潤橋特有の機能です。普通の水路橋は自然な流れで水が流れるため吹き上がることはありません。通潤橋は、橋まで流れてくる水を水圧で押し上げるため、栓を抜けば水が噴き出すのです」

3つの放水口からダイナミックに放水する様子。 Photo: 山都町役場

耐久性に優れた石管を使用した、逆サイホン****の吹上樋と、伝統的な石工技術を駆使した、まさに近世石橋の傑作とも呼ぶべき橋だが、2016年4月の熊本地震、2018年の豪雨の被害を大きく受け、修復工事が重ねられてきた。

「熊本地震では通水管の漆喰が破損し漏水などが起こり、さらに豪雨被害の際は石垣の一部が崩落してしまいました。これらの修復工事の影響で放水を止めていましたが、令和2年7月から放水を再開することができるようになりました。毎年、9月以降は放水が増えるので、ぜひHPで放水日を確認してたくさんの方に見に来ていただきたいですね」

橋の上からの見学も可能。 Photo: 山都町役場

* 現在の町長に近い役職のこと。
** 日本の漆喰は消石灰を主成分に、骨材、すさ(麻)、海藻のりなどの有機物を混ぜて練り上げた独自成分のもので、英語圏でもShikkuiとして知られている。通潤橋の漆喰は、土、砂、消石灰、塩、松葉汁(松の枝葉を煮出したもの)を混合して作っている。
*** 城郭の石積み技能者である穴太(あのう)が有した技術で、高さ1 間ごとに勾配を変化させて、下部は緩やかで、上部にいくほど急直な勾配に変化し、反りを有する石垣を指す。
**** 逆サイホン〔inverted siphon〕とは、開水路の一部の区間に設けられる管路構造物。水理学上でのサイホンの効果によるものではなく、その形状から逆サイホンといわれている。水路が河川を横断するときに用いられ、逆サイホンの両側は自由水面を有し、その水位差により流れが生じる。