September 2023
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浮世絵に描かれた橋
人々が生き生きと生活する様子が映しだされた木版画・浮世絵には、モチーフとして橋がよく描かれている。浮世絵に描かれた橋について、江戸東京博物館学芸員の丹藤真子(たんどうまさこ)さんに教えていただいた。
浮世絵は17世紀後半に制作され始め、江戸時代(1603年~19世紀後半半ば)に、大衆の娯楽として広く浸透した。代表的な作家としては「葛飾北斎(かつしかほくさい)」「歌川広重(うたがわひろしげ)」の名前がまず挙がるだろう。
「葛飾北斎(1760~1849)は、約70年にわたる画業の中で森羅万象(しんらばんしょう)*を描き、錦絵**や本の挿絵、肉筆画***など、様々な媒体において名作を生んだ浮世絵師です。一方、歌川広重(1797〜1858)は、江戸(現在の東京)はもとより日本各地の風景を抒情豊かに描いた浮世絵師です。美人画や花鳥画など多彩な対象を題材としていますが、特に日本の風景画の第一人者として浮世絵史上に位置付けられています。両者とも、19世紀後半、ゴッホやドガなど西欧の印象派の画家に影響を与えたことでも知られています。」
この二人の作品を始めとして、浮世絵には橋をモチーフとして描かれている名作が数多く残っているという。
「江戸というまちは、開府から約250年の間に拡張と整備を繰り返しながら変容しました。橋は交通インフラの要として、大勢の人々が行き交う日常生活の営みの場であると共に、地域のランドマークとして重要な存在でした。自然の景観とは異なる形の面白さや美しさ、シンボルとしての存在が、浮世絵師たちの目に魅力的に映ったのでしょう」
特に、北斎の「諸国名橋奇覧 かめゐど天神たいこばし(しょこくめいきょうきらん かめいどてんじんたいこばし)」は橋の姿をダイナミックに捉えた傑作の一つ。
「各地の橋を主題にした全十一枚からなるシリーズのうちの一枚で、亀戸天神社(東京都江東区)の太鼓橋を、実際よりも大きく誇張して描いています。藤の名所として知られますが、あえて花は描かず、あくまで橋の造形と画面構成に力を注いだことが伺えます」
広重もまた「大はしあたけの夕立(ゆうだち)」という名作を残している。
「夏の突然の夕立に、人々が身を縮こまらせて隅田川にかかる橋(現在の東京都江東区新大橋)を駆けて行く様子を描いています。図版を彫った二種の版木の角度を変えて摺(す)ることで、雨脚の線を表現しているのが特徴です。この作品は、ゴッホが模写した作品が残っていることでも知られています」
橋を描いた浮世絵を通じて伝わってくるのは、人々の当時の暮らしぶりだ。
「例えば、日本の伝統的な髪型(髷(まげ))は身分や年齢によって違いがあり、衣服(着物)も柄や形に流行があります。浮世絵は、描かれた当時の生活文化を伝える貴重な資料でもあるのです」
また、色彩の美しさや彫り・摺りの技術もぜひ見て欲しいそう。
「鮮やかな色や、何回も摺りを重ねる版画ならではの凹凸、質感は実際に見てこそ分かります。機会がありましたら展覧会に足を運んで、ぜひ実物を見ていただきたいです」と丹藤さんは強調する。
* 存在するすべての物事や現象のこと
** 1765年頃から木版画の技術が発展して流行した、多色摺(ずり)の浮世絵版画。版元(出版社)が指示し、下絵を描く絵師、版木を彫る彫師、紙に絵を摺る摺師の手によって制作される。
*** 絵師が筆で直接、紙や絹に描いたもので、形状は、屏風や掛軸、巻物、色紙、扇などがある。