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June 2023

伝統の製法を伝える手すき和紙作家

  • オランダ出身の手すき和紙作家 ロギール・アウテンボーガルトさん(撮影:細木拓也)
  • 東京都内のホテル「ACホテル・バイ・マリオット東京銀座」のエレベーターホールに設置されたロギールさんの和紙による作品
  • 和紙の原材料を栽培する畑
  • 伝統的な製法で紙をすくロギールさん
  • 「和紙スタジオ かみこや」は宿泊も可能。客室を照らすのは、漆で仕上げたフレームに手すき和紙を張った照明。
  • 高知県内のマンションのエントランスに設置されたロギールさんの和紙による作品
オランダ出身の手すき和紙作家 ロギール・アウテンボーガルトさん(撮影:細木拓也)

1枚の和紙に魅了され、1980年に来日したオランダ出身のロギール・アウテンボーガルトさん。高知県檮原町(ゆすはらちょう)で手すき和紙作家として、伝統の製法を守りながら和紙の可能性を追いかけ続けている。

25歳のとき、オランダの製本所で1枚の和紙と出会ったロギール・アウテンボーガルトさん。「光に透かしてみると植物の繊維が見え、ヨーロッパの紙とは異なる和紙ならではの素材の美しさに心惹(ひ)かれました。実際に和紙がつくられている現場を見たいと思い、日本を訪ねました」と当時を振り返る。

約1年かけて日本各地を旅し、各地の和紙工房を訪ねたロギールさん。どこの工房でも、いたるところに澄んだ水が流れ、水の流れる音が聞こえるのが印象的であったという。そして最終的にたどり着いたのが、和紙の原材料となるコウゾやミツマタの産地で有名な高知県だった。ある和紙職人から「和紙づくりをするなら原材料から育てたほうがいい」と助言をもらったロギールさんは、和紙づくりの環境が整った高知県に住むことを決意。独学で原材料の栽培と和紙づくりの修行をスタートし、以来40年以上にわたって和紙職人としての道を歩んできた。1992年には、より自分が目指す和紙づくりに適した環境を求めて、清流として知られる四万十川(しまんとがわ。*)の源流に近い檮原町(ゆすはらちょう)へと移住した。

和紙の原材料を栽培する畑

ロギールさんの工房「和紙スタジオ かみこや」のまわりには、日本の原風景ともいえる美しい里山**の景色が広がっている。敷地内には和紙の原料となる木々や植物が植えられており、地元の人々の協力を得ながら無農薬・無肥料で栽培しているという。

「私が和紙づくりで大切にしているのは自然とのつながりです。美しい山と水、良い原材料がなければ、質の高い和紙はつくれません。ですから、私は原材料のほとんどを自家栽培しています。また、防腐剤や化学薬品を使わず、150年以上前から伝わる伝統的な製法で和紙をつくることも大切にしています」

伝統的な製法で紙をすくロギールさん

和紙は原材料やどのような方法でつくる(「漉(す)く」と言う)かによって、仕上がりの風合いが変わる。なかでもロギールさんがつくるのは、「土佐和紙」と呼ばれる高知県の伝統的な和紙をベースに、ヨーロッパの伝統的な手漉き紙であるコットンペーパーの技術も融合した独自の和紙だ。原料となる植物の存在感が際立っており、風合い、表情が一律でなく豊かで美しい。その美しさから、建築家・隈研吾(くま けんご)さん設計の建築物***や著名なホテルなどの内装に、ロギールさんの作品が用いられることも多い。

東京都内のホテル「ACホテル・バイ・マリオット東京銀座」のエレベーターホールに設置されたロギールさんの和紙による作品

2007年に「土佐の匠」に認定されたロギールさんのもとには、失われつつある伝統的な和紙づくりを学ぼうとする和紙職人が訪ねてくることもあるという。また、「和紙スタジオ かみこや」では和紙づくり体験ができる民宿も営んでおり、「日本の伝統文化を体験したい」と訪れる海外からの観光客へも和紙の魅力を伝えている。

「和紙スタジオ かみこや」は宿泊も可能。客室を照らすのは、漆で仕上げたフレームに手すき和紙を張った照明。

「暮らしの中で和紙を使う機会は減り、和紙職人の数も減ってきています。しかし、こうした時代だからこそ、『なぜ自分が和紙に惹かれたのか』という原点を忘れずに、和紙の可能性を追求し続け、多くの人にその魅力を伝えていきたいと考えています」

多くの人の心に残る和紙をつくるため、ロギールさんの挑戦はこれからも続いていく。

高知県内のマンションのエントランスに設置されたロギールさんの和紙による作品

* 高知県の西部を流れ、太平洋に注ぐ全長196㎞の河川。
** 里地里山のこと。原生的な自然と都市との中間に位置し、集落とそれを取り巻く二次林、それらと混在する農地、ため池、草原などで構成される地域。
*** 「HIGHLIGHTING Japan」2021年7月号「森林資源を未来へつなぐ町」参照