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June 2023

日本舞踊で用いられる踊りの傘

絹地の透ける傘がはかなげな印象を与える。「鷺娘」の衣裳
©️日本舞踊坂東流
  • 「京鹿子娘道成寺」。主役の花子(はなこ)が演目の中盤で、頭、両手と3つの笠を持って登場。両手の仕掛けをほどくと、3連の笠が連なって開く。梅が咲くさまを表す。
    ©️日本舞踊坂東流
  • 「鷺娘」の舞台。和傘のような和紙ではなく薄い絹(紗)が張られている紗張り傘。
    ©️日本舞踊坂東流・松竹衣裳

日本の伝統芸能の一つ、日本舞踊には印象的なシーンで傘を使う演目がある。演出上での傘の役割などについて日本舞踊の名門流派の方に話を聞いた。

日本の伝統的な舞いや踊りなどを日本舞踊と総称するが、日本舞踊で使用する傘は、観客に役柄や場面を想像させるための大切な小道具の一つだ。例えば、舞踊の中で衣裳の引抜(ひきぬき・舞台上で衣裳を変えること)のシーンの際に傘を開き衝立(ついたて)のようにして体を隠したり、立ち廻りという格闘シーンでは武器のように扱ったり、また通常の和傘のほか、柄のない笠を使った仕掛けのある笠使いなどは舞台を華やかに演出する効果がある。日本舞踊は四季を大切するので、「季節ごとの自然現象に心情を重ね合わせる」という表現方法もあり、叙情的効果を上げる道具としても使われる。

「京鹿子娘道成寺」。主役の花子(はなこ)が演目の中盤で、頭、両手と3つの笠を持って登場。両手の仕掛けをほどくと、3連の笠が連なって開く。梅が咲くさまを表す。 ©️日本舞踊坂東流

有名な演目『鷺娘』(さぎむすめ)での傘使いは特に印象的だ。幕が開くと、白無垢姿(しろむくすがた)(花嫁が着用する白地の着物)の白鷺の化身である鷺娘が後ろ向きで傘をさし、雪景色の水辺にたたずんでいる。そこで使われる傘は「紗張り傘(しゃばりがさ)」と呼ばれる、薄い絹の布が張られたもので、傘越しに白無垢の主人公の姿をふんわりと透けて見せることで、その美しさに焦点があてられる。また鷺の化身である主人公が、人間への成就することのないはかない恋に陥っている苦境から逃れたい心情を、傘を半開きにしながら後ずさりする振り付けで表現している。

「鷺娘」の舞台。和傘のような和紙ではなく薄い絹(紗)が張られている紗張り傘。 ©️日本舞踊坂東流・松竹衣裳

日本舞踊 坂東流*の広報に、日本舞踊における傘使いのおすすめ演目や魅力などを聞いた。「この『鷺娘』のほかに、『京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)』が、傘を効果的に使います。この演目は、女が大蛇と化して愛する男を焼き殺した道成寺伝説が元になっていますが、作品としては、恋する娘の様々な姿を、多くの衣裳や小道具で彩られた、華やかな演目。中盤で、主役の若い娘・花子が頭、両手と三つの笠を持って登場。そして、両手の仕掛けをほどくと、3連の笠が連なって開いて、梅が咲く様子を表します。

日本舞踊は型や形式を伝承しつつ、時代に合わせた試みを加えながら継承されてきました。その中で使う傘一つにも、このように深い意味を含んでいます。日本に来られる外国の方々にも、日本の伝統文化の一つとして、楽しんで見ていただけるものと思います」

* 坂東流は歌舞伎役者、三代目坂東三津五郎に始まる日本舞踊の流派の一つ。十代目三津五郎の亡き後、坂東巳之助が家元を継承している。