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May 2023

京料理の精神を象徴する鯛のへぎ造り

  • 瓢亭で通年通して提供される鯛のへぎ造り
  • 450年もの歴史を有する老舗料亭『瓢亭』表玄関
  • 芸術品のような鯛のお造り
  • 鯛のお造りの調理する様子。包丁を「へぎ造り」という、垂直ではなく、斜めに入れる。鯛の繊維質がほどよく残り、モチモチとした食感を楽しめるという。
  • 最上級の明石鯛。そのおいしさを世界に広めたとして、明石浦漁協から今年5月、高橋さん親子へ「サステナビリティアンバサダー」の称号が贈与された。
  • 鯛のお頭つきの焼き物。炭火で焼くが、切り身と骨の部分、カブト(頭)の部分それぞれの焼き具合を合わせるのが非常に難しいという。
  • お話を伺った、瓢亭第15代当主・高橋義弘さん
瓢亭で通年通して提供される鯛のへぎ造り

京料理と鯛の深いかかわりについて、450年以上もの歴史を持つ、京都の老舗料亭の15代目の当主にお話を伺った。

京料理は、京都の地で育まれてきた調理・しつらい・接遇・食を通じ、日本文化の意義や芸術上の高い価値を伝える食文化として、2022年、日本政府から登録無形文化財に登録された。

450年もの歴史を有する老舗料亭『瓢亭』表玄関

その京料理の真髄を味わえる代表的な料亭の一つが『瓢亭(ひょうてい)』である。創業時からの歴史を感じさせる悠然としたたたずまいの中、提供されるは、洗練された味覚とともに美しさも堪能できる一品一品だ。瓢亭の献立に欠かせない食材・鯛について、第15代当主である高橋義弘(たかはしよしひろ)さんは、次のように話す。

芸術品のような鯛のお造り

「うちのお店は、お造り(刺身)に鯛を使っています。その他にも焼き物や炊き合わせ*に鯛を使う時期もあります。春はちょうどお腹に卵を持っている時期なので、それに合わせて鯛の白子や鯛の子なども料理に使います」

お造りに使う鯛は1.8キロから2.5キロの明石鯛(「日本の鯛で最高級を誇る『明石鯛』」参照)のメスと決まっているそう。

鯛のお造りの調理する様子。包丁を「へぎ造り」という、垂直ではなく、斜めに入れる。鯛の繊維質がほどよく残り、モチモチとした食感を楽しめるという。

「先代の父より前の代までは、お造りに他の魚も使っていましたが、父・英一(えいいち)の代からお造りは鯛と決めたのです。その理由は、瀬戸内の各漁港で揚がった明石鯛を深夜に仕入れ、京都へ運ぶいわゆる『担ぎ屋』さんとの出会いから。通年で新鮮な最上の明石鯛が安定して手に入るようになったからです」

最上級の明石鯛。そのおいしさを世界に広めたとして、明石浦漁協から今年5月、高橋さん親子へ「サステナビリティアンバサダー」の称号が贈与された。

また、瓢亭では、還暦や披露宴といった特別な祝席では、鯛の尾頭(おかしら)付きの焼き物を提供する。

「我々は、まず鯛の身の部分だけ切り出して、残っている頭と尻尾が骨でつながっている姿で焼くのです。そして、切り身の方はからすみ粉**を振ったからすみ粉焼や(案)赤シソの粉末を振って紅白をイメージした焼き物などを2種類作り、先ほどの尾頭つきに載せて、赤飯も盛り込んで大皿でお出しします」

鯛のお頭つきの焼き物。炭火で焼くが、切り身と骨の部分、カブト(頭)の部分それぞれの焼き具合を合わせるのが非常に難しいという。

素材の味を生かしながら目でも楽しめる、複雑で手の込んだ京料理が育まれた要因は、京都をとりまく環境にある、と高橋さんは言う。「内陸にある盆地の京都は、新鮮な海産物にはあまり恵まれていない環境にありました。ただ、都として天皇家が千年以上お住まいになっていらっしゃった歴史的背景もあり、全国から献上されるものが集まってきたのが非常に大きかったのです。船で運ばれる乾物や昆布締め(こぶじめ***)を活かす料理の研究や、鱧(はも****)などの骨切りを実現する包丁技術も発展しました。さらに料理のスタイルとしては、貴族の料理と仏教にまつわる精進料理、茶道をルーツにもつ懐石料理など、様々な料理体系が合わさって生まれた、総合的な食文化が京料理なのです」

同じ楽曲でも指揮者の解釈で楽曲が多様に変化するクラシック音楽のように、受け継がれてきた伝統の味を守るだけではなく、そのお店によって素材の解釈やお料理の仕方、季節によって生まれる変化をぜひ楽しんでほしいと高橋さん。「うちの店で食べると、これまで食べた鯛とは全然違うと驚かれるお客様も多いです。日本人にとっては特別な魚ですし、お造りの王道でもある鯛を、ぜひ京料理で味わってみていただけたらと思いますね」

お話を伺った、瓢亭第15代当主・高橋義弘さん

* 魚、野菜、肉など、複数の食材をそれぞれ別々に煮て、盛り合わせたもの。
** ボラの卵巣などを塩漬けにして干した食べ物をからすみと言い、それを粉末状にしたもの。
*** 食材を昆布で挟み、昆布のうまみをその食材にうつす調理法。またそのようにして調理した料理。
**** ウナギ目のハモ科に分類される魚の一種。細長い円筒形全長1メートルくらいものが多い。硬い小骨が多いので、小骨を予め切断する「骨切り」という処理が必要。