VOL.194 JULY 2024
JAPANESE SMALL AND MEDIUM ENTERPRISES LEADING THE WORLD 世界にはばたく日本の中小企業 〜オンリーワン企業の優れた新技術と、そのポテンシャル〜

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東京大学 名誉教授 新井あらい 民夫たみおさん

日本には、規模は小さいながらも、世界をリードするような技術を開発している中小企業が数多くある。中小企業の開発する優れた技術や製品を表彰する賞*の審査委員長を務める東京大学名誉教授 新井あらい民夫たみおさんに、日本の中小企業の実情や、注目すべき新技術、潜在力などについて伺った。

日本には独創性のある技術や製品を開発している中小企業**が数多くあります。日本の中小企業の技術開発の実情、それを支える社会経済的な背景についてお聞かせください。

日本は、実は企業のうち99.7%が中小企業であり、規模も企業体質も多様です。従業員が20名以下の小規模事業者もあれば、従業員が300人近くいて、しっかりした組織をもつ中小企業もあります。また、大企業等の下請けを主要事業としている企業もあれば、独創的な技術や製品を生み出している企業もあります。いずれの企業も、大企業に比べると研究開発費や研究開発人材が不足しており、新たな技術開発をするとなると、時間がかかってしまう結果、市場の変化に遅れてしまうことも少なくありませんでした。

しかし、近年はオープンイノベーション***の仕組みが整い、中小企業が単独で開発するのが困難な技術や製品について、大学や国立高等専門学校、公設試験研究機関などの外部の資源が活用しやすくなってきています。また、クラウドファンディング****など、広く資金を募る手法を活用することで、資金調達だけではなく、支援者とのネットワークを構築することも可能になりました。やる気のある企業が活躍できる環境は、日本でも徐々に整ってきています。

オンリーワン企業やスタートアップ企業は、そのような仕組みを活用し、時流の変化についていけるよう継続的な研究開発に取り組み、独創的な技術・製品を生み出して成長しています。

優れた技術開発を可能とする日本の中小企業ならではの特徴としては、どのようなものがありますか。

まず、企業の所有者と経営者が同一であることが多く、組織が大企業よりシンプルである中小企業では、トップ経営者のスキルや成長意欲が現場に反映されやすく、トップの資質が優れていれば、技術開発の大きな原動力となり得るという特徴があります。

それから、中小企業らしい着眼点で潜在ニーズを掘り起こし、少量生産品やニッチ*****なマーケットで存在感を示す企業が多いことも特徴としてげられます。特殊な分野は生産やサービスの効率性が悪く、大企業は参入しません。そのような分野では、その分野に特化した工夫・改善を積み重ね、様々な技術を複合的に調和させることで、市場ニーズに合った完成度の高い技術を創出することができます。オンリーワン企業には、そのように限定的な領域で新技術を生み出している事例がよく見られますが、先に申し上げたトップ経営者のスキルや意欲も加わって成功に導かれやすいという側面もあります。

日本の中小企業が開発した世界的に注目されるような技術を、いくつかご紹介いただけますか。

バイオテクノロジー分野では、株式会社オンチップ・バイオテクノロジーズの「微生物スクリーニングシステム『On-chip Droplet Selector』」が注目されます。医薬品や食品の製造には微生物によるものづくりは欠かせませんが、膨大に存在する未知の微生物の中から、人の健康や地球環境の変動対策などに有用な微生物・細胞を発見するには、多くの時間と人手が必要です。同社の微生物スクリーニングシステムは、微生物・細胞の入った水滴を個別に一つ数十マイクロメートルの微小液滴に分離して封入し、その液滴内で培養・解析でき、かつ、目的の液滴を更に一つずつ分離して分注******できるシステムで、有用微生物を発見するまでの時間を大幅に短縮できるものです。


株式会社オンチップ・バイオテクノロジーズの「微生物スクリーニングシステム『On-chip Droplet Selector』
Photo: On-chip Biotechnologies

半導体分野では、ArchiTek株式会社の「高性能・低消費電力AIチップ『AiOnIcアイオニック』」があります。インターネットと実世界の接点で情報の収集や伝達を行う、スマートフォンやデジタルカメラ、IoT機器などのデバイスをエッジデバイスといいますが、この半導体チップはエッジデバイスでの処理に特化したもので、GPU*******をしのぐ並列処理性能を低消費電力で実現しています。ネット接続端末に組み込み、自動運転、危険察知、農畜産物管理などに活用することで、IoTネットワークの発展に著しく貢献することが期待されています。

ロボット分野で興味深いのは、カメラを用いてロボットアームをリアルタイムで高精度に制御する、株式会社チトセロボティクスの「産業用ロボット制御ソフト『クルーボ』」です。ここで用いられた「ビジュアルフィードバック」という制御技術は、これから多くのロボットに使われ、製造や物流現場の生産性向上に貢献するでしょう。(「人手による手間のかかる調整が不要な高精度なロボット制御ソフト」参照)


株式会社チトセロボティクスの「産業用ロボット制御ソフト『クルーボ』」
Photo: Chitose Robotics

カメラ情報に基づくビジュアルフィードバック制御システム「クルーボ」を搭載したアームロボット
Photo: Chitose Robotics

三鷹光器株式会社は、高精度な光学測定装置で高い評価を得ている企業です。同社がパナソニックi-PROセンシングソリューションズ、京都大学医学部と共同開発した「Medical Imaging Projection System―MIPSミップス」は、プロジェクションマッピングの技術を応用し、患者の体表や臓器にリアルタイムで直接、手術ガイド情報を投影するシステムです。このシステムを使用することにより、手術の正確性や操作性、安全性の向上、また、手術時間の短縮を実現できます。


三鷹光器株式会社『MIPSミップス 手術支援装置』
Photo: 三鷹光器

サービス業として注目に値する事例としては、ファッション業界の中でも先進的にDX********を推進している株式会社エアークローゼットの月額制の洋服レンタルサービスがあります。働く女性を主要ターゲットに、月額7800円からという低料金で、毎月、プロのスタイリストが選んだ服を数着ずつユーザーの自宅に届けるサービスですが、同社は今年、汎用生成AIを活用した対話型スタイリング提案システムを大学と共同開発するなど、IT(情報テクノロジー)を積極的に活用しています。


ファッション業界のDX推進事例として注目される株式会社エアークローゼット
Photo: airCloset

日本の中小企業が今後世界を視野に入れてビジネスを拡大していくとすれば、克服すべき課題や期待されることとして、どのようなことが挙げられるでしょうか。

海外展開を行うには、独創性のある商品を持つことのみならず、関連する知的財産権を取得していることが重要です。

また、日本の中小企業は国際化やDX化の面で遅れをとっているといわれます。今の国際社会では、写真や動画を駆使するさまざまなSNSの普及により、新しい楽しさや便利な仕組みが、数日で世界中に広まります。自社のよい技術や製品がユーザーにとってどのような価値があるかを考え、自社の技術やノウハウが受け入れられるマーケットを探し出すことが、さらなる飛躍につながります。

また、海外展開には、各国の企業や公的な関係機関と対等に交渉できる語学力、製品販売後のメンテナンス体制の構築、相手国の商習慣の理解が求められますので、人材の獲得、育成も大事です。また、自社製品やサービスに対してニーズがある海外のユーザーへ、それらのセールスポイントがしっかりと正確に伝わるように、エビデンスベースで、かつ、IT(情報技術)を活用すれば戦略的な広報を実現できます。

日本の中小企業の潜在力については、どのようにお考えでしょうか。

オンリーワン企業は、ユーザーが求めるニーズに具体的に応えようとすることで、日本一、世界一の製品を創ろうとしています。その大きな目的が開発の熱意を生み、成果となっています。高い技術力を持つ中小企業が、そのような意識や、世界の中で自社の技術・製品がどのように評価されるかという視点を持つことによって、将来的に、海外とのビジネスが大きく広がっていくでしょう。

現在とは社会状況も異なりますが、かつて中小企業から大きく世界へ羽ばたいた日本の中小企業がありました。世界的知名度を獲得したところでは、第2次大戦後まもなくに創業したSonyとHondaがあります。最近40年ほどではUniqlo(First Retailing)があります。そろぞれ創業者の志、熱意が動因となり、求められる製品・サービスを開発してきました。優れた製品であるだけでなく、流通・広告を含むサービス提供にも世界を牽引けんいんする魅力があります。

現在では、SME Support(中小企業基盤整備機構)、JETRO(日本貿易振興機構)やJICA(国際協力機構)が海外進出する中小企業を支援する制度を設けていますし、金融機関も支援を行っており、海外進出の障壁は以前より低くなっています。また、越境EC(国境を超えた商品の電子取引)も容易になるなど、海外進出の手段は多様化しています。日本の越境ECは国際的に高い信頼性があるため、他企業と提携したり、金融機関や支援機関の支援を得たりしながら進めることで、ニッチマーケットで世界的に大きなシェアを取ることも可能になります。日本の中小企業による越境ECは、品質と納期の点で世界から高い信頼を勝ち取っています。世界のニーズをつかめれば、製品やサービスを高価格で売ることができます。日本の中小企業の海外展開の成長ポテンシャルは、とても大きいと私は考えています。


* 「中小企業優秀新技術・新製品賞」を指す。同賞は公益財団法人りそな中小企業振興財団と日刊工業新聞社が毎年1回開催している、中小企業の技術の振興や日本の産業の発展に貢献することを目的とした表彰制度。1988年に設立され、2024年4月時点で第36回が開催された。
** 日本の法律(中小企業基本法)においては、製造業、建設業、運輸業などでは資本金の額または出資の総額が3億円以下、あるいは常時使用する従業員の数が300人以下の企業。同じくサービス業では資本金の額または出資の総額が5000万円以下、あるいは常時使用する従業員の数が100人以下の企業が中小企業者と定義されている。
*** 技術開発・製品開発等において、自社の経営資源や研究開発に依存するだけではなく、他者や大学、研究機関など、外部の知識や技術も活用して、革新的な価値を生み出す手法のこと。
**** インターネットを介し、不特定多数の人々が、組織やプロジェクトに対して少額ずつ寄付や資金提供を行う仕組み。
***** 「すきま」の意味で使う。市場において大企業が進出しない小規模な分野を言う。
****** ピペットなどで試料の液体を一定容量ずつ吐出すること。
******* Graphics Processing Unitの略でプロセッサ(半導体チップ)の一種。 もともとコンピューターゲームに代表されるリアルタイム画像処理に特化した装置で、CPUと異なり高速処理能力を持つ。GPUは、特にAI分野において不可欠な存在。
******** デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)の略。企業がデータとデジタル技術により、商品、ビジネス、業務等の変革を遂行し、競争力の獲得、強化を目指すこと。(注:「トランス」は、英語圏で「X」と略されることがある。)


By SAKURAI Yuko
Photo: airCloset; Chitose Robotics; MITAKA KOHKI Co., Ltd.; On-chip Biotechnologies

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