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September 2022

堺の刃物に魅せられたフランス人

  • 様々な用途で使える切付け包丁を手に持つエリック・シュバリエさん
  • 魚、肉、野菜といった、用途に合わせて形が異なる様々な包丁が展示されている。
  • 大阪府堺市にある堺伝匠館
  • 刃物を打ち鍛える鍛冶職人
  • 包丁を研ぐ鍛冶職人
様々な用途で使える切付け包丁を手に持つエリック・シュバリエさん

フランス出身のエリック・シュバリエさんは、鍛冶(かじ)*職人としての経験を積んだ後、現在は大阪府堺市(さかいし)のインバウンドコーディネーターとして、刃物を中心に日本の伝統文化を世界に発信している。

魚、肉、野菜といった、用途に合わせて形が異なる様々な包丁が展示されている。

4世紀後半から6世紀の前半に築造された古墳の44基が現存する「百舌鳥・古市(もず・ふるいち)古墳群**」は、2019年に世界遺産に登録された。このうち墳丘長約500メートルにおよぶ世界最大級の「大仙陵古墳(だいせんりょうこふん)」が市の中心部にある堺市は、大阪湾に面し、中世には海外貿易の拠点として大いに栄えた街である。古くから様々なものづくりが盛んで、その伝統は現代の堺の職人たちに受け継がれている。殊に有名なのが刃物で、国内のプロの料理人たちが使う包丁のほとんどが堺産だと言われるほどだ。

堺の伝統産業を紹介する「堺伝匠館」は、1階と2階が刃物の展示に当てられ、それぞれの職人によるバリエーション豊かな包丁の展示がずらりと並ぶ。そしてこのフロアを案内してくれるのが、フランス出身のエリック・シュバリエさんだ。

大阪府堺市にある堺伝匠館

シュバリエさんは、母語フランス語のほか、英語と日本語も堪能だ。「堺の刃物の歴史は、古墳造営のために集められた職人たちに端を発する、古いものです。堺産の刃物の魅力は何といっても切れ味がメンテナンスをすれば50年以上も衰えないこと。それに、包丁だけでも驚くほど種類が豊富で、それぞれ用途が違うんです」と説明する。

実はシュバリエさんは、創業約160年となる堺の刃物と鋏(はさみ)鍛冶「佐助」で、5年ほど鍛冶職人の修業を積んでいる。その確かな経験と知識が買われ、2018年から堺市産業振興センターの「海外需要開拓コーディネーター」として、堺伝匠館に常駐している。

刃物を打ち鍛える鍛冶職人

2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録された***影響もあって、海外の料理人たちから日本の包丁に注目が集まるようになっている。2018年以降、シュバリエさんは数え切れないほどの海外からの客を堺伝匠館で案内し、堺伝匠館の包丁の売り上げが倍増した。国内外のプロの料理人たちの高度な質問、要望にも丁寧に答えるシュバリエさんの堺伝匠館での信頼は絶大なものとなっている。

パリに生まれ育ったシュバリエさんは、子供の頃から日本文化に興味があり、パリにあるソルボンヌ大学のフランス国立東洋言語文化学院(INALCO)日本語学科で学んだ。その時、授業で知った日本の古墳に関心を持ち、2012 年に堺市に初来日。その時、何度かフランスで製品の個展を開いていた前述の佐助に縁ができた。最初は通訳の手伝いをしていたが、佐助の仕事場に通ううちに、鍛冶に魅せられ、弟子入りすることとなった。佐助では伝統にならい、仕事場の掃除、神棚を毎日整える、といった基本的なことから始め、師匠の仕事を間近で見てひとつひとつ学んでいった。

包丁を研ぐ鍛冶職人

シュバリエさんは「鋏の刃は複雑で繊細で5年程度ではとても技術を習得できるものではない」と言うが、師匠は、「包丁なら自身の銘を付けられるほどだ」、と彼の腕前を認めるほど上達した。

「鍛冶職人として、刃物を打ちたいという情熱は持ち続けています」と言うシュバリエさん。「しかし、堺の刃物の伝統が生き続けるのは、その刃物を使う文化、例えば和食や盆栽などの日本の独自の文化があるからということも知ってほしい」と続け、来館者に商品説明をしたり、ブログやSNSを通じて情報発信をするなどして、インバウンドコーディネーターの仕事に力を入れていると明かす。

堺の刃物は、地元の職人が守り続けている数多くの伝統製法によって作られている。シュバリエさんは自身が魅せられた刃物作りの伝統を絶やさないためにも、「まだあまり知られていない日本の魅力ある文化を世界に発信していきたい」と抱負を語った。

* 金属を熱し、打ち鍛え、種々の器物を製造すること。
** Highlighting Japan 2019年9月号「大都会と世界遺産を結ぶ旅」参照 https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/201909/201909_13_jp.html
*** Highlighting Japan 2014年4月号「グローバルな食市場の拡大を目指して:農林水産省山下正行氏インタビュー」参照 https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/201404/201404_02_jp.html