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July 2022

光の可能性を広げるレーザー光源プロジェクター

  • エプソンの社会支援活動の一例である「ゆめ水族園」。目の前に魚やクラゲが泳いでいる映像が壁面に映し出される。
  • エプソンのレーザー光源プロジェクターを前にする、豊岡隆史さん(左)と座光寺誠さん(右)
  • 光の三原色。赤、緑、青が重なると白となる。黄と青が重なっても白となる。
  • 円盤に貼り付けた黄色い蛍光体。これに青色のレーザー光源の光を当てると、黄色い光を反射する。
  • レーザー光源プロジェクターを活用しての建物へのプロジェクションマッピングのCG図
エプソンの社会支援活動の一例である「ゆめ水族園」。目の前に魚やクラゲが泳いでいる映像が壁面に映し出される。

明るく、美しい映像を投写できる、軽量でコンパクトなレーザー光源プロジェクターが、社会の様々な場面で映像表現の可能性を広げている。

エプソンのレーザー光源プロジェクターを前にする、豊岡隆史さん(左)と座光寺誠さん(右)

「プロジェクター」は、パソコンのディスプレイに表示する資料や、テレビ番組、ネット配信動画など映像をスクリーンなどに拡大して投写する機器である。プロジェクターは学校の授業、学会や記者会見での発表などいろいろな場面で利用されているが、近年はエンターテイメントの分野でもその可能性を広げている。例えば、パブリックビューイングによるスポーツ観戦、博物館や美術館におけるデジタルアート、イベントでのプロジェクションマッピングなど、屋内外問わず、様々な用途で活用されるようになってきている。そしてこのエンターテイメント分野で使われるプロジェクターとして注目を集めるのが、セイコーエプソン株式会社(以下:エプソン)によって開発されたレーザー光源を用いた大光量高画質プロジェクターだ。

このプロジェクターの大きな特徴は、単一色のレーザー光源を用いて、多彩な色を表現できることである。現在、一般で使われているプロジェクターの主流は、液晶方式プロジェクターだ。液晶方式プロジェクターは、映像を映す際、ランプから発する白い光を、赤、緑、青の三原色に一旦分解し、それぞれの色専用の液晶パネルに透過させた後、合成し、投写するという仕組みである。光の三原色を組み合わせれば、様々な色の光を作り出せるのである (図参照)。

光の三原色。赤、緑、青が重なると白となる。黄と青が重なっても白となる。

約30年前、この方式を使ったプロジェクターが発売された当初は、主に、会議室で資料を投写したり、ホームシアター用などに使われていた。しかし、2010年代から規模が大きな会場の巨大なスクリーンや、プロジェクションマッピングなどのイベントでも使われるようになった。そのため、より明るく、より大きな映像が投写できる大きなランプを複数搭載した液晶方式プロジェクターが作られるようになった。しかし、大きなランプが複数必要となるためプロジェクターが大型化した。また、ランプを光源に用いるプロジェクターは、ランプを定期的に交換する必要があったり、基本的に水平に設置することが求められていた。こうした難点を克服するために、レーザー光源を用いたプロジェクターの開発が進められた。

「私たちが開発したレーザー光源プロジェクターの特徴は、ランプよりも明るく、寿命も長い青色レーザーを光源に用いたことです」と同社ビジュアルプロダクツ事業部の豊岡隆史(とよおか たかし)さんは話す。「しかし、青色レーザーだけではプロジェクターの光源としては使うことができません。青色レーザーを使って三原色の赤と緑を作る必要がありました」

円盤に貼り付けた黄色い蛍光体。これに青色のレーザー光源の光を当てると、黄色い光を反射する。

赤色と緑色のレーザー光源を使えば簡単であるが、そうするとプロジェクターのサイズも大きくなり、コストもかかる。また、安く、十分な性能を備えた白のレーザー光源も実現されていない。青色のレーザー光源だけで、いかに多彩な色を生み出せるようにするかが大きな挑戦であった。

そこで豊岡さん、そして、座光寺誠(ざこうじ まこと)さんら研究チームが考えたのが、青の光源から白い光を作ることである。白い光が作れれば、そこから赤と緑を分離することも可能となるからだ。研究チームが白い光を作るために考え出したのは、蛍光体を利用することである。蛍光体とは、光を当てると他の色の光を発する物質である。研究チームは、青色のレーザー光を当てると黄色い光を出力する蛍光体を使った。黄色の光と青色を合わせれば、白い光を作り出せるからだ。

こうして研究チームは白い光を作り出すことに成功した。ただ、レーザー光が蛍光体の一点に当たり続けると蛍光体が高温になって劣化するという欠点があった。そこで、蛍光体を貼り付けた円盤を回転させ、そこにレーザー光を当てることで、レーザー光が一点に当たり続けないようにする技術を開発した。

レーザー光源プロジェクターを活用しての建物へのプロジェクションマッピングのCG図

こうして完成したプロジェクターには、従来のランプを光源とするプロジェクターにはない多くの長所があった。まずレーザー光源は非常に明るいため、ホールや大講堂の大型スクリーンにも鮮明な映像を投写できるようになった。しかも、レーザー光源を用いることで小さな液晶パネルに効率的に光を通過させることが可能となり、プロジェクター本体がコンパクトになった。また、レーザー光源の寿命は非常に長いので、ランニングコストや環境負荷の低減も実現できた。さらに、プロジェクターの投写面に対する設置角度の制約がなくなり、あらゆる角度で設置できるようになったため、空間全体を映像で覆うような表現が可能となり、デジタルアートなどの文化・芸術の発展に貢献した。こうした点が高く評価され、「単一色のレーザー光源を用いた大光量高画質プロジェクターの発明」は、2021年度の全国発明表彰(公益社団法人発明協会主催)で「内閣総理大臣賞」を受賞した。

エプソンは、このプロジェクターを使って「ゆめ水族園」という社会支援活動を行っている。魚やクラゲ、植物などの揺らぎがある映像を壁面やスクリーンに映し出し、刺激に富んだ体験を提供する取組で、現在は主に病院や特別支援学校などで開催している。

明るく美しい映像を投写できる、軽量でコンパクトなレーザー光源のプロジェクターは、今後、社会の様々な場面で活用されていくことになるだろう。

レーザー光源プロジェクターの基本構造、映像投写の仕組みのCG図