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March 2022

人形浄瑠璃の人形

  • 文楽人形細工師の菱田雅之さんの工房
  • 女形の人形、玉手御前
  • 女形の人形、お園
  • 立役の人形、三番叟(さんばそう)
  • 立役人形の構造
女形の人形、玉手御前

人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)は、人形を巧みに操って様々な物語を演じる、日本の代表的な伝統芸能の一つである。その人形は、人形細工師が精魂を傾けて制作している。

文楽人形細工師の菱田雅之さんの工房

「人形浄瑠璃」は、約400年の歴史を有する。浄瑠璃*(じょうるり)に合わせ、人形を巧みに操って、様々な物語が演じられ、人間の持つ喜怒哀楽を表現する音楽劇だ。物語は、公家や武家社会の昔の事件や物語を題材にしたもの、市井の事件や物語など庶民の日常を題材にしたものなど幅広い。人形浄瑠璃は、全国様々な地域で伝承されているが、「文楽」とも呼ばれ、大阪で成立した人形浄瑠璃の系譜の一つ「人形浄瑠璃文楽」が、その代表であり、2008年、能楽や歌舞伎とともにユネスコの無形文化遺産に登録された。

文楽など、現在の人形浄瑠璃の人形は、130センチメートルから150センチメートルほどの長さで、重さは数キログラムのものから、中には10キログラムを超えるものもある。「三人遣(づか)い」と呼ばれ、通常、一体の人形を三人の人形遣いが操る。それぞれの人形遣いは、人形の首と右手を動かす「主遣い(おもづかい)」、人形の左手を動かす「左遣い」、人形の足を動かす「足遣い」と役割が決められている。主遣いの合図によって3人が呼吸を合わせ、人形を動かし、笑ったり泣いたりといった人間にある様々な感情を表現する。

女形の人形、お園

「人形浄瑠璃が生まれた当初は、一体の人形を一人で遣う“一人遣い”でした。しかし、戯曲に描かれる登場人物の動きが複雑になり、人形にも眉の上下・横目・眠り目、口の開閉など、動きに改良が重ねられたことで、遅くとも18世紀末までに現在の文楽のような“三人遣い”が基本となったようです」と、大阪府東大阪市にある文楽人形工房の株式会社雅舎(がしゃ)の代表取締役で、人形細工師の菱田雅之(ひしだ まさゆき)さんは話す。

文楽などの人形浄瑠璃の人形は、頭の部分である「首(かしら)」と、体の部分にあたる「胴(どう)」で構成される。人形の首は、ヒノキ素材の木を手で彫って作っていく木彫りで、その中はくり抜いてあり、そこに目、眉、口などを動かす仕掛けをすべて仕込んでいる。人形遣いは、首の部分に施された仕掛けの糸を引っ張ったり弛めたりして、人形の目、眉、口、そして首を上下に動かす。首の角度を変えることで、人間がみせるような喜怒哀楽の感情を表現する。この糸が舞台上で、もっとも重要な仕掛けだ。仮にも舞台で糸が切れたりしないように、仕掛けの糸には、太くて丈夫な絹糸が使われる。

立役の人形、三番叟(さんばそう)

人形の胴は、木製の楕円形の「肩板(かたいた)」と竹製の円形の「腰輪(こしわ)」を布と紐で繋いだ簡単な作りだ。人形の「手」と「足」は肩板から紐で繋ぐが、女形の人形には足を付けず、人形遣いによる着物の裾の動きで足があるかのように見せている。

「現在でも、文楽を始めとする人形浄瑠璃人形には、演目の時代背景に合わせた衣装や髪型を採用し、その時代の人々の暮らしや文化を忠実に再現できるよう、人形を仕立てています」と菱田さんは話す。

立役人形の構造

雛人形などの飾って見て楽しむ人形と違って、人形浄瑠璃の人形は、動かしてこそ生きることから、菱田さんは、常に、「動かしたらどうなるか」を具体的にイメージしながら制作するという。そして、菱田さんは、舞台上で人形それぞれが役柄を演じている場面を思い浮かべ、制作する人形に、「性根(しょうね)」を入れるという。優れた俳優が役に合わせて演技や体型を変化させるように、演目によって異なる役柄の特徴を的確に表現する「性根」が人形に入るように彫り込むことに、菱田さんは精魂を傾けているのだ。

性根を吹き込まれた人形を、人形遣いが巧みに動かすことで、人間の持つ喜怒哀楽を表現し、観客の心を揺さぶる人形浄瑠璃となるのである。

何百年の長きにわたり、人々に感動を与え続けてきた人形浄瑠璃は、菱田さんのような人形細工師の力によっても支えられて今日に引き継がれ、世界的な伝統芸能として評価されるに至ったのである。

* 三味線音楽における語り物の総称。語り物とは、三味線で拍子を取りながら語って聴かせる物語の事。現在は、有名な一派である義太夫節(ぎだゆうぶし)を指すことも多い。