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  • ウズベキスタンの国立音楽院で、三味線を演奏する奈々福さん(左)と沢村美舟さん
  • 玉川奈々福さん(中央左)と国際交流基金ブダペスト日本文化センターのスタッフ
  • 浪曲師の玉川奈々福さん
  • ウズベキスタンの首都・タシケントでの公演
  • キルギスの11歳のマナスチ(キルギスに伝わる伝統的な英雄叙事詩「マナス」の語り手)との交流

January 2022

日本の語り芸「浪曲」を世界へ

浪曲師の玉川奈々福さん

浪曲師の玉川奈々福(たまがわ ななふく)さんは、文化交流使として、2018年5月から7月にかけてヨーロッパから中央アジアの7か国を巡回興行した。奈々福さんが、その体験を語った。

ウズベキスタンの国立音楽院で、三味線を演奏する奈々福さん(左)と沢村美舟さん

浪曲(ろうきょく)は、語り芸の一種。日本の伝統楽器である三味線の音にのせて、浪曲師が独特の節(歌)と啖呵(たんか)(台詞(せりふ))で様々な物語を語る。浪曲が誕生したのは明治時代(1868~1912年)初期。日本で最も人気のある芸能の一つにまでなったが、だんだんと人気が衰え、一時期3000人いた浪曲師は、今80人ほどにまで減ってしまっている。

文化交流使に指名された当初、「浪曲は絶滅危惧種。国内でもっと浪曲を盛り上げなければいけないから、海外なんか行ってる場合ではない」と思った。しかし、浪曲が海外に通じるのかどうかを知りたいという欲求が沸々と湧き、引き受けることにした。そして、2018年5月から7月にかけてイタリア、スロベニア、オーストリア、ハンガリー、ポーランド、キルギス、ウズベキスタンの7か国を巡った。

ウズベキスタンの首都・タシケントでの公演

浪曲は、義理と人情、恋と友情、歴史にまつわる話などをしながら、聴衆の笑いや涙を誘うもの。言葉が分からなければ、演目のストーリーが伝わらず、聴衆は置いてきぼりになる。奈々福さんは、字幕を準備し、その出し方を工夫してタイミングよく表示させるように心がけた。それでも聴衆は、日本の昔の風俗が分からなければ物語が胸に響かず、価値観の異なる国では話自体の意味も分からないのではないかと奈々福さんは危惧した。しかし、それは杞憂だった。

文化交流使として奈々福さんが海外公演の演目の一つに選んだ、古典の『仙台の鬼夫婦』は、妻の深謀遠慮でダメ夫の剣術を鍛え直して、立派に立ち直らせるという物語だが、夫を叩き直すシーンでは聴衆から拍手喝采が起きた。「特に女性の就業率が高いイタリア、スロベニア、ハンガリー、ポーランドなどは家庭における女性の地位が高いようで、『ブラーボー!!』と声が飛びました」と奈々福さんは話す。また、キルギスやウズベキスタンのようなイスラム教の国では、女性の地位が確立されていないと聞いていたため、この演目は理解されないかと思ったが、やはりそれらの国の人々にも面白がって観てもらえたと言う。奈々福さんは、宗教や風俗、価値観が異なっても、夫婦や親子、嫁と姑(しゅうとめ)の葛藤とか、利己心と義理と人情の間で迷うとか、正義を貫くか悪に走るかといった、人間ならではの喜怒哀楽を描く身近な内容は世界中に受け入れられると身をもって知った。

玉川奈々福さん(中央左)と国際交流基金ブダペスト日本文化センターのスタッフ
キルギスの11歳のマナスチ(キルギスに伝わる伝統的な英雄叙事詩「マナス」の語り手)との交流

「よく知られている日本のもう一つの話芸『落語』は江戸や大阪の都会で育った芸なので、エスプリ*が効いていて洗練されています。一方、浪曲はそれよりもっと人間の原初のエネルギーにあふれたもののように私は感じています。喜怒哀楽が激しくて、わーわー泣いたり、大笑いしたり、人間の根源的な情動にかかわる面白さがある。あとは浪曲師と三味線を弾く曲師とのセッション性の高さ。譜面がないので、浪曲師と曲師とのやりとりが刺激的に感じられるのではないでしょうか」と奈々福さんは話す。

最初は「海外に行く余裕なぞない」と思っていたが、いざ海外に行ってみると、そこには国内では得られなかった気づきがあった。聴衆が日本の風俗を理解していたのも、彼らのほとんどが黒澤明監督の映画を観ていたおかげだと気づき、先人の多大な文化発信の上に、今日の文化交流があると思い知ったという。帰国後は「世界に向けて浪曲を発信していこう」と視野を広げ、奈々福さんは、次の海外公演の機会に向けて日々精進している。

* フランス語で「機知」を意味する言葉。その場に応じて気の利いたことを言う知恵の意味がある。